| 天才クイズ | |
|---|---|
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| ジャンル | クイズ番組 |
| 出演者 |
久里千春 高松しげお 斉藤ゆう子 林家こぶ平 ほか |
| 製作 | |
| 制作 | 中部日本放送 |
| 放送 | |
| 映像形式 | カラー放送 |
| 音声形式 | モノラル放送(1991年9月まで) → ステレオ放送(1991年10月から) |
| 放送国・地域 | |
| 放送開始から1973年9月まで | |
| 放送期間 | 1967年7月26日 - 1973年9月 |
| 放送時間 | 水曜 18:00 - 18:30 |
| 放送分 | 30分 |
| 1973年10月 - 最終回まで | |
| 放送期間 | 1973年10月 - 2004年9月25日 |
| 放送時間 | 土曜 17:30 - 18:00 |
| 放送分 | 30分 |
| 回数 | 1930 |
『天才クイズ』(てんさいクイズ)は、1967年7月26日から2004年9月25日まで中部日本放送(CBC)で放送された視聴者参加型のクイズ番組。全1930回。敷島製パンの一社提供[* 1](後に「Pasco」名義で提供)。CBCホールでの公開収録が行われていた。カラー放送。
1963年4月〜1967年7月まで放送された小・中学生参加による教養クイズ番組「さくらんぼ教室」の番組内容(同学年の小・中学生ペア計5組が科学分野を中心とした各種設問に答えるという内容)をさらに発展させるかたちで1967年7月26日より放送を開始。以来、2004年9月まで37年2か月間もの長きに渡って放送された長寿番組であり、東海地区在住の小学生たち[* 2]が参加するCBCテレビのローカル番組として『どんぐり音楽会』とともに親しまれた。
当番組は開始当初から、スタジオカラーカメラを使用したカラー放送として制作された。TBS系列のスタジオカラーカメラを導入した本格的な番組制作に於いては、前年(1966年)10月から本格的にそれを開始したTBSに次いで早く、1967年11月よりそれを開始した当時同系列の準キー局の朝日放送よりも早かった。[* 3]
2021年5月時点の総出場者数は、延べ11万2,704人。これは名古屋市立の小学校の児童数とほぼ同じであり、バンテリンドームナゴヤの収容人数(5万人)を2度満席にしても収まりきらないほどの小学生たちがCBCテレビを訪れた計算となる[5]。
丘灯至夫作詞・中村八大作曲によるテーマ曲[* 4]は、途中でかなりのアレンジが加えられたものの番組開始から終了まで一貫して不変で、クイズに参加中の子供が他の参加者の○×帽子の色を気にして周囲を見て安心したり不安になったりする様子を歌ったものであり、親子両世代に亘って幅広い視聴者層に親しまれた。「答えっはっ⋯イエ~~ス!(ンノ~~~!)」という天才博士の長い溜めも、番組を知る東海地方出身者には馴染みが深い [6]。
この番組が打ち立てた37年2か月の放送期間は、2012年5月までテレビのクイズ番組最長記録を保持し続けていた[* 5]。CBCテレビの放送エリアである愛知県・岐阜県・三重県では、イベントや文化祭などでこの『天才クイズ』を模した○×クイズが頻繁に行われる[* 6]など、同エリアでは非常に知名度の高い番組であった。
また、フレッド・スケピシ監督作品映画『ミスター・ベースボール』内で中日ドラゴンズのロッカールーム内のテレビに『天才クイズ』の模様が映し出されている。
1993年に出た中日本リースから出たアーケードゲーム「クイズチャンネルクエスチョン」で、選択した番組によって「天災クイズ」のパートが盛り込まれることがあった(解答によって天国にも災いにもなるような選択であることから)。これは中日本リースが名古屋の会社であったが故とみられる。
いずれもJST、CBCテレビでの放送時間。
レギュラー時代
復活特番時代
2024年夏
2024年冬
その後、『Pascoプレゼンツ オトナの天才クイズ』として2016年に放送されるまで、単発での復活特番は放送されていなかった。その一方で後述にある通り、CBC主催のイベントでの企画の1つとして天才クイズが行われることが多い。
| 中部日本放送 水曜18:00枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
天才クイズ
(1967年7月 - 1973年9月) |
不明
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| 中部日本放送 土曜17:30枠 | ||
不明
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天才クイズ
(1973年10月 - 2004年9月) |
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未登録
IPFS未登録
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CRITICAL
PQS A81