| てんぱくく 天白区 | |
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 愛知県 |
| 市 | 名古屋市 |
| 市町村コード | 23116-9 |
| 面積 |
21.58km2 |
| 総人口 |
162,223人 [編集] (推計人口、2025年2月1日) |
| 人口密度 | 7,517人/km2 |
| 隣接自治体 隣接行政区 |
名古屋市(千種区、南区、昭和区、名東区、瑞穂区、緑区) 日進市 |
| 区の木 | キンモクセイ |
| 区の花 | マーガレット |
| 天白区役所 | |
| 所在地 |
〒468-8510 愛知県名古屋市天白区島田二丁目201番地 北緯35度7分21.9秒 東経136度58分30.4秒 / 北緯35.122750度 東経136.975111度座標: 北緯35度7分21.9秒 東経136度58分30.4秒 / 北緯35.122750度 東経136.975111度 |
| 外部リンク | 名古屋市天白区 |
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| ウィキプロジェクト | |
1975年(昭和50年)2月に昭和区から分区独立して誕生した名古屋市の中で一番新しい区 。
天白の名は、1906年(明治39年)に愛知郡天白村が成立したときに区域を流れる川(天白川)から名前を採ったことに始まる。
天白川の名前は、河口付近(緑区鳴海町天白橋)に天白神が祀られていたことに由来し、そこからやや上流の天白区野並から下流は、江戸時代に埋め立てが進むまでは、年魚市潟[注 1]と呼ばれた干潟であった。 天白橋付近に渡し場があり、船で笠寺・熱田方面に向かい、陸路の場合は、野並より上流で渡っていた。
そこで祭られていた天白神は緑区鳴海町の成海神社から、現在の緑区白土の熊野日白社として祀られている。 天白神とは、洪水から田畑を守る神といわれたり、養蚕との関連、瀬織津姫との関連性を指摘する学説もある。
天白川および植田川周辺の平坦な地形と区北部の植田山、西部の音聞山、南部の相生山に見られるような丘陵地を合わせ持つ。また、平針の森にはトウカイモウセンゴケが生えている。森は子ども達の遊び場や、豪雨時に水を蓄える役割などを持つが、その一部の「平針の里山」はCOP10開催中の2010年から開発が始まり、河村たかし市長が買い取りを計画したり「平針の里山保全協議会」が保全に向けての取り組みをしたものの、2012年には住宅地として分譲を始めた。また、かつては天白渓などの景勝地も存在した。
天白区の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より[1] | ||||||||||||||||

天白川流域に鳴海荘の一部として水田が広がる。
鳴海荘の横地氏が植田城を天白川沿いに造り、今川氏の側について川ぞいの領主となる。一方丘陵地帯ぞいでは織田信長の妹の婿である牧長義が、島田城を修理し出城に構え、牧虎蔵を城主とし、織田方につき、ため池による新田開発を始めていた。 牧氏は、桶狭間の戦いで丹下砦に配備され功績をあげている。織田信長は桶狭間の合戦以前から、今川方と、現在の名東区・天白区から西三河に至るまでの丘陵地帯の領地紛争にからんだ戦闘をしており、平針の秋葉山慈眼寺で、戦勝祈願をしていた。
植田村は伝馬除地(免租地)、野並村は熱田神宮領、平針村は桶狭間の戦いの元今川方浪人の村瀬氏が飯田街道と岡崎姫街道が交差する平針の宿を開き、島田村とともに、尾張藩の領地となった。


政令指定都市の行政区では珍しく、長野県中川村と「ふれあい協定」を結んでおり、友好都市を持っている。

天白区内の野並、瑞穂区・昭和区・天白区に跨る八事と言った商業地がある。







| 昭和区 | 千種区 | 名東区 | ||
| 瑞穂区 | 日進市 | |||
| 南区 | 緑区 | 東郷町 |
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