奥埜博亮

ウィキペディアから、無料の百科事典
奥埜 博亮
名前
愛称 おっくん、オク
カタカナ オクノ ヒロアキ
ラテン文字 OKUNO Hiroaki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-08-14) 1989年8月14日(35歳)
出身地 大阪府南河内郡太子町
身長 171cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 セレッソ大阪
ポジション MF / FW
背番号 25
利き足 右足[1]
ユース
2001 ジェフユナイテッド市原・仙台スクール
2002-2004 ベガルタ仙台ジュニアユース
2005-2007 ベガルタ仙台ユース(明成高等学校)
2008-2011 仙台大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2009-2018 ベガルタ仙台 126 (17)
2013-2014 →V・ファーレン長崎(loan) 55 (7)
2019- セレッソ大阪 189 (23)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月8日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

奥埜 博亮(おくの ひろあき、1989年8月14日 - )は、大阪府南河内郡太子町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・セレッソ大阪所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)、フォワード(センターフォワード)[2]。

ベガルタ仙台には、ユース含め計14年半在籍した。

来歴

プロ入り前

大阪府太子町に生まれる[3]。小学2年時に東京のバディSCでサッカーを始める。当時のチームメイトには丸山祐市がいた[4]。ジェフユナイテッド市原・千葉の仙台教室にも在籍していた。

中学からベガルタ仙台の下部組織に所属し、中学3年時には飛び級でユースの公式戦に出場するなど早くから才能を開花させる[5]。

高校3年時に負傷したことが影響しトップチーム昇格は見送られ、仙台大学に進学した[5]。

大学では1年時から公式戦に出場して活躍、3年時の総理大臣杯では1回戦の同志社大学戦でハットトリックを達成するなどチームのベスト4進出に貢献[5]。フォワードとしても起用されていた[5]。またユース所属時にトップチームのコーチだった手倉森誠の高い評価を受け[5]、2009年から3年間特別指定選手としてベガルタ仙台に所属した[6]。

ベガルタ仙台

仙台大卒業後の2012年、正式に仙台へ加入[7]。ユース出身で大学を経由してのトップチーム加入はクラブ史上初[5]。背番号は「Mr.ベガルタ」こと千葉直樹が前々年の引退まで13年間着用し続けてきた「7」が与えられた。9月8日の天皇杯2回戦のソニー仙台FC戦においてプロ初ゴールを挙げた。

2年目となった2013年は故障などで出場機会を得られず[8]、7月にV・ファーレン長崎へ期限付き移籍[9]。

翌2014年も移籍期限を延長し、引き続き長崎でプレー[10]。

2015年、仙台に復帰し[11]、副キャプテンを務めた[12]。この年は仙台では初めて開幕スタメンを勝ち取った。先発出場だった27試合中17試合でセンターフォワードで起用された[13]。ユース出身者として初めてトップチームのレギュラーに定着し、リーグ戦32試合に出場[1]。1stステージ第11節の浦和レッズ戦でJ1初ゴールを記録する[14]など、チームトップタイの7得点を挙げ、チーム年間MVPを受賞した[15]。

2018年オフの2019年1月4日、ジュニアユースから特別指定選手時代を含め、14年半過ごしたベカルタ仙台から完全移籍することが発表された[16]。

セレッソ大阪

2019年、セレッソ大阪に移籍[17]。ヴィッセル神戸との開幕戦で即スタメンに抜擢されチームトップの12.9キロを走り勝利に貢献。8月17日、第23節の横浜F・マリノス戦では2得点を決めて4試合ぶりの勝利に貢献した[18]。フォワードの負傷離脱が相次いだ事もありセンターフォワードで起用され、守備の役割を全うしながらもリーグ戦で7得点を決めるなど活躍を見せ、ロティーナ体制下では本職フォワードが復帰した後もセンターフォワードで重宝された[19][20]。

2020年9月9日、J1リーグ第15節の北海道コンサドーレ札幌戦で、開始6分にクラブのJ1リーグ通算1000ゴールとなる先制ゴールを決めた。本年もセンターフォワードでメイン起用された。

2021年4月2日、サガン鳥栖戦では、膠着状態の中、後半開始早々にミドルシュートで決勝点を決め、レヴィー・クルピ監督に「中盤のスペシャリストだと思う。代表に選ばれてもおかしくないし、セレッソで優勝を勝ち取って、タイトルを獲って欧州へ行く。それくらいの実力を彼は持っていると思う。これからのイメージ次第でもっともっと伸びるのではないか」と絶賛された[21]。ほぼ全ての試合でボランチで起用された[22]。

2022年リーグ戦第4節、ボランチで先発出場、小菊昭雄監督に戦術的な立ち位置や役割を変えられたことで[23]、攻撃に絡むプレーが再び増え1ゴール1アシストの活躍だけでなく両チームで最長の走行距離12.9キロを記録した[24]。第14節のガンバ大阪との大阪ダービーでは自身の2得点を含む全得点に絡み、3-1の逆転勝ちに貢献した[25]。 毎試合のようにチームトップの走行距離を記録するなど、どの試合でも献身性を発揮し、本職はボランチながら、機を見た攻撃参加で、ゴール前での決定力の高さも光る。小菊監督下でも、攻守においてチームの要の選手となった[26]。

人物

2019年4月25日、同年3月に一般女性と結婚したことを報告した[27]。

ロティーナ監督時にセンターフォワードで起用されていた際には「例えばオルンガのような存在感はない、むしろステルス的に潜んでいる。行動範囲が非常に広く攻守で味方を助ける。あちこちに顔を出して味方を連結し、知らぬ間にゴール前にいる。ハードワーク型のストライカーとして満点。」と称された[28]。

2022年、優秀選手賞を初受賞。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009仙台35J200--00
2010J10010-10
20110000-00
2012720401170
20130000-00
長崎29J2163-10173
20147394-21415
2015仙台J13274041408
20163446010414
20173148210406
20182726140373
2019C大阪253274020387
202034740-387
20213233051404
20223139220425
20232434000273
20243601000370
通算日本J1 3154054520338848
日本J2 557-31588
総通算 3705454523444656
  • 2009-2011年は特別指定として選手登録

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2013仙台700
通算AFC 00
出場歴

代表・選抜歴

タイトル

個人

  • Jリーグ・優秀選手賞(2022年)

脚注

  1. 1 2 サッカーダイジェスト責任編集『2016 J1&J2&J3選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2016年、114頁。ISBN 978-4-905411-33-8。
  2. ↑ “奥埜博亮”. 2024年10月3日閲覧。
  3. ↑ “【11/21 広島戦】奥埜選手のふるさと 太子町「上の太子観光みかん園」がPRに!”. 2022年7月26日閲覧。
  4. ↑ 鈴木文人 (2016年3月6日). “【仙台】奥埜、幼なじみF東京・丸山の壁破る「勝ちたい」”. スポーツ報知 2016年3月19日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 小林健志 (2012年1月24日). “【全文掲載】高い技術と強いメンタリティ、仙台の新人3名にかかる期待”. livedoorニュース 2016年3月19日閲覧。
  6. ↑ 『仙台大学・奥埜博亮選手 2011年JFA・Jリーグ特別指定選手として承認のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2011年2月24日。
  7. ↑ 『仙台大学 奥埜博亮選手 2012シーズン新加入内定のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2011年6月7日。2016年3月19日閲覧。
  8. ↑ 板垣晴朗 (2013年6月9日). “[仙台]2年目の奥埜「信頼されるレベルに自分を高めたい」と飛躍を誓う”. エル・ゴラッソ 2016年3月19日閲覧。
  9. ↑ 『奥埜博亮選手 V・ファーレン長崎へ期限付き移籍のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2013年7月18日。
  10. ↑ 『奥埜博亮選手期限付き移籍期間延長のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2013年12月25日。
  11. ↑ 『奥埜博亮選手 ベガルタ仙台復帰のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2014年12月22日。2016年3月19日閲覧。
  12. ↑ 『2015シーズン キャプテン・副キャプテンについて』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2015年1月29日。2016年3月19日閲覧。
  13. ↑ “奥埜 博亮”. FootballLAB. 2022年3月13日閲覧。
  14. ↑ 『ベガルタ仙台 メモリアルデータブック カントリーロード2015-16』ベガルタ仙台・市民後援会、2016年、14頁。
  15. ↑ “<ベガルタ試行錯誤>下部育ちの奥埜が台頭”. 河北新報. (2015年11月26日) 2016年3月19日閲覧。
  16. ↑ “奥埜博亮選手 セレッソ大阪へ完全移籍のお知らせ”. 2022年3月13日閲覧。
  17. ↑ 『奥埜博亮選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)セレッソ大阪、2019年1月4日。2019年1月4日閲覧。
  18. ↑ C大阪が奥埜博亮の2ゴールで4試合ぶりの白星!横浜は新加入のブラジル人2名が先発も得点が遠く…サッカーダイジェスト(2019年8月17日)2019年8月17日閲覧。
  19. ↑ “奥埜 博亮”. FootballLAB. 2022年3月13日閲覧。
  20. ↑ “奥埜 博亮”. FootballLAB. 2022年3月13日閲覧。
  21. ↑ “2021明治安田生命J1リーグ 第7節”. セレッソ大阪公式サイト. 2021年6月16日閲覧。
  22. ↑ “奥埜 博亮”. 2022年3月13日閲覧。
  23. ↑ “2022明治安田生命J1リーグ 第4節”. 2022年3月13日閲覧。
  24. ↑ “成績・データ”. 2022年3月12日閲覧。
  25. ↑ “明治安田生命J1リーグ 第14節”. 2022年5月21日閲覧。
  26. ↑ “CEREZOOSAKA official matchday program”. セレッソ大阪公式サイト. 2022年5月24日閲覧。
  27. ↑ “C大阪の29歳MF奥埜が一般女性と入籍”. ゲキサカ (2019年4月25日). 2019年5月3日閲覧。
  28. ↑ “奥埜博亮”. 2024年10月3日閲覧。
  29. ↑ 『6月7日(火)、奥埜博亮選手 2012シーズン新加入内定会見が行われました。』(プレスリリース)ベガルタ仙台。2016年3月19日閲覧。

関連項目

外部リンク