妹尾松子

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せのお まつこ
妹尾 松子
妹尾 松子
生年月日 (1899-05-26) 1899年5月26日
没年月日 (1933-03-25) 1933年3月25日(33歳没)
出身地 秋田県秋田市
死没地 滋賀県犬上郡彦根町(現・彦根市)
配偶者 南光明
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妹尾 松子(せのお まつこ、1899年5月26日[1][2][3] - 1933年3月25日[4][注釈 1])は、日本の女優。

経歴

1921年1月に松竹蒲田撮影所に入社し端役を演じていた[1]。1922年10月に日活向島撮影所に転じた[1]。関東大震災で日活京都に移り、溝口健二監督の『峠の歌』で大役を得て多くの映画に出演した[1][2]。日活において酒井米子、澤村春子に次ぐヴァンプ型女優として活躍した[1][2][3]。酒豪としても知られた[1]。南光明の妻だったことがある[1]。

1928年9月に東亜キネマに入り脇役を演じていたが、まもなく引退した[1][2][3]。引退後は女給、やとな、酌婦などを経て、1932年夏から滋賀県彦根町に酒場・玉の家を経営していたが、1933年3月31日にこの酒場で縊死しているところを管理人に発見された。警察の検死ではカルモチン130錠を飲んだが死にきれずに首を吊ったとのことで、傍らの巻紙に25日午後6時と死の時間が書かれており、化粧をして数珠をかけ、机には生花や線香、水も備えてあった[4]。

出演

脚注

注釈

  1. ↑ 『日本映画人名事典 女優篇 上巻』『新撰 芸能人物事典 明治~平成』『20世紀日本人名事典』では8月31日とされているが、当時の報道から誤り。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 『日本映画人名事典 女優篇 上巻』キネマ旬報社、904-905頁。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 「妹尾松子」『新撰 芸能人物事典 明治~平成』。コトバンクより2026年10月3日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 「妹尾松子」『20世紀日本人名事典』。コトバンクより2026年10月3日閲覧。
  4. 1 2 大阪朝日新聞 1933年4月1日、『新聞集成昭和史の証言 第7巻』本邦書籍、1984年、p.162。