安部志雄

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安部 志雄(あべ ゆきお、1901年4月13日 - 1974年6月24日)は、日本の経営者。大分県別府市出身[1]。

経歴

1926年に東京帝国大学法学部英法科を卒業[1]。藤本ビルブローカー銀行での勤務を経て、1943年に大和証券に転じ、1948年に取締役に就任した[1]。常務、専務、名古屋支店長を経て、1958年11月に副社長に就任し、1963年4月に社長に昇格した[1]。経済団体連合会常任理事も務めた[1]。

1974年6月24日脳出血のために死去[2]。73歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1969, あ10頁.
  2. ↑ 1974年 6月25日 読売新聞 朝刊 p19

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第25版 上』人事興信所、1969年。 
先代
福田千里
大和証券社長
第6代: 1963年 - 1970年
次代
山内隆博