福田千里

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福田 千里(ふくだ ちさと、1896年10月20日 - 1992年12月26日)は、日本の経営者。大和証券社長、会長を務めた。東京都出身[1]。

経歴・人物

1921年に京都帝国大学経済学部を卒業し、同年に藤本ビルブローカー銀行(のちの大和証券)に入社した[1]。台北支配人、取締役、常務、専務を経て、1954年11月に副社長に就任し、1957年11月に社長に昇格[1]。1963年4月には会長に就任した[1]。

1963年から1968年までに日本証券業協会連合会会長を務め、日本教育テレビ取締役、日本経営者団体連盟・経済団体連合会各常任理事も務めた[2]。

1964年に藍綬褒章を受章し、1968年に勲三等旭日中綬章を受章した[2][1]。

1992年12月26日急性心不全のために死去[3]。96歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1991, ふ40頁.
  2. 1 2 「現代物故者事典 1991-1993 p509」
  3. ↑ 1992年 12月28日 日本経済新聞 朝刊 p23

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第36版 下』人事興信所、1991年。 
先代
岡村新市
大和証券社長
第5代: 1957年 - 1963年
次代
安部志雄