寿豊郷

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花蓮県の旗 花蓮県 寿豊郷
別称: 寿庄
地理
位置 北緯23°52'
東経121°30'
面積: 218.4448 km²
各種表記
繁体字: 壽豐郷
日本語読み: じゅほう、しゅほう
拼音: Shòufēng
注音符号: ㄕㄡˋㄈㄥ
片仮名転写: ショウフォン
台湾語: Siū-hong
客家語: Su-fûng
アミ語: Ciamengan
行政
行政区分: 郷
上位行政区画: 花蓮県の旗 花蓮県
下位行政区画: 15村271鄰
寿豊郷長: 張懐文
公式サイト: 寿豊郷公所
情報
総人口: 18,231 人(2015年1月)
世帯数: 7,011 戸(2015年1月)
郵便番号: 974
市外局番: 03
寿豊郷の木: -
寿豊郷の花: -
寿豊郷の鳥: -
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豊里村の稲田と中央山脈
碧蓮寺(旧豊田神社)の鳥居
寿豊郷文史館(旧豊田派出所庁舎)

寿豊郷(ショウフォン/じゅほう-きょう)は台湾花蓮県の郷。

地理

寿豊郷は花蓮県東部に位置し、北は吉安郷と、西は秀林郷と、西南は万栄郷と、南は鳳林鎮、豊浜郷とそれぞれ接し、東は太平洋に面している。花蓮海洋公園(中国語版)を擁し、観光資源に恵まれている。地形は複雑な構成をしており、西側の中央山脈と東側の海岸山脈に挟まれた花東縦谷により構成されている。郷内には木瓜渓(中国語版)、チャカン渓(中国語版)、荖渓等、花蓮渓支流が流れている。

歴史

寿豊郷は古くはアミ族の居住地であり、漢人は明の永暦年間より進出している。本格的な開発は清代からであり、清末には南、中、北三路が設けられ、この地の交通の発展に寄与している。

日本統治時代、台湾総督府により日本人の台湾東部地区への移民が推進され、賀田村(中国語版)、豊田村(中国語版)、林田村(中国語版)の移民集落が設けられ、「寿村」が設置された。1920年の台湾地方制度改制の際に「寿区(ことぶき[1])」として改編、1937年には「寿庄」と改称され花蓮港庁花蓮郡の管轄とされた。

戦後は「寿」と豊田の「豊」を組み合わせ、花蓮県寿豊郷と改編され現在に至っている。

経済

行政区

村
寿豊村、共和村、光栄村、平和村、志学村、池南村、水璉村、塩寮村、月眉村、米桟村、豊山村、豊裡村、豊坪村、渓口村、樹湖村

歴代郷長

代氏名任期

教育

大学

技術学院

国民中学

国民小学

特殊学校

交通

種別路線名称その他
鉄道台東線志学駅 平和駅 寿豊駅 豊田駅
省道台9線花東公路
省道台9丙線
省道台11線
県道県道193号 (台湾)

観光

和南寺の観世音菩薩像

出典

  1. ↑ 小川琢治編 『市町村大字讀方名彙』 成象堂、大正十四年、370頁。

外部リンク