尾亦弘友希

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尾亦 弘友希
名前
愛称 オマ
カタカナ オマタ ヒロユキ
ラテン文字 OMATA Hiroyuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-09-01) 1983年9月1日(41歳)
出身地 東京都杉並区
身長 181cm
体重 73kg
選手情報
ポジション DF[1]
利き足 左足[1]
ユース
1996-1998 日本の旗 東京ガスジュニアユース
1999-2001 日本の旗 FC東京U-18
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2002-2005 日本の旗 FC東京 1 (0)
2004 日本の旗 大宮アルディージャ 0 (0)
2006-2007 日本の旗 湘南ベルマーレ 78 (0)
2008-2011 日本の旗 セレッソ大阪 34 (0)
2012-2013 日本の旗 アビスパ福岡 38 (0)
2015 日本の旗 CORAZONマタドール
2016-2017 日本の旗 南葛SC
通算 151 (0)
代表歴
2002-2003  日本 U-19/20
監督歴
2019-2021 日本の旗 南葛SC WINGS
2022-2024.2 日本の旗 習志野シティFC
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

尾亦 弘友希(おまた ひろゆき、1983年9月1日 - )は、東京都杉並区出身[2]の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(主に左サイドバック)。

来歴

小学校2年生の時にサッカーを始める[3]。FC東京の下部組織に加入し、同期の馬場憂太、高橋延仁らと共に2001年のクラブユース選手権で優勝した。2002年、馬場と共にFC東京のトップチームへ昇格[2]。クラブ創設以来初の下部組織からのトップ昇格だった。同年4月の市原戦で左サイドハーフとして途中投入され[4]、この試合がJリーグデビューとなった。U-19日本代表としても活動し、左足のキックに高評価を受けていたが[3]、馬場が主力格となる一方で、尾亦は金沢浄らからポジションを奪えずにいた。2003年には2ヶ月間、FCポルトへ短期留学[5]。2004年には大宮アルディージャへ期限付き移籍[6][7]。大宮ではセンターバックとしても練習を積み、守備面を強化させた[3]。2005年にFC東京へ復帰。左足からのクロスに力強さを増したものの、サイドバックのバックアッパー[8] を務めるに終わった。

2006年よりJ2を戦う湘南ベルマーレに完全移籍[9]。同年のリーグ戦では出場停止を除く全試合に出場し、チーム最多・最長出場を記録[10]。左サイドバックのレギュラーポジションをほぼ手中に収めた。これまで尾亦を見守ってきたFC東京の長澤徹ヘッドコーチによると、2005年当時、プレーからやる気が感じられなくなっていた尾亦に対し「お前は(このままだと今季限りで)クビだから。自分の子供が生まれても、サッカー選手だったことを隠すだろ」と突き放したところ、尾亦はこの言葉に奮起して、これ以後ダッシュやフィジカルの練習をトップでこなすようになったという。結果的には長澤の予告通り契約非更新となってしまったが、Jサテライトリーグなどでの懸命なプレーが伝わって、湘南でチャンスを掴むことができたとのこと[11]。

2008年からJ2セレッソ大阪へ完全移籍[12][13]。湘南在籍時には果たせなかったJ1昇格を目指していたが、3月の第4節仙台戦で右大臀部筋損傷を負い2ヶ月の離脱[14]。戦線復帰後の8月、第30節古巣・湘南戦では右アキレス腱断裂の大怪我を負い、全治6ヵ月と診断された[15]。2009年シーズン終盤に復帰。2010年は負傷離脱中に台頭した石神直哉からポジションを奪い返し、序盤はレギュラーとして出場していたが、W杯中断期間に負傷して以降は丸橋祐介にポジションを奪われ、リーグ戦の出場は無かった。2011年は自ら希望して背番号をプロ入り時と同じ32に変更[16]。巻き返しを図り、自身初のACL出場も果たしたが、レギュラーを奪回するまでには至らず、同年限りでC大阪を退団した。

2012年よりJ2アビスパ福岡へ完全移籍[17][18]。サイドからのクロスによるチャンスメイクは健在で攻守に貢献していたが[19]、契約満了により2013年シーズン終了後に退団[20]。その後現役続行を模索していたが、2014年3月に自身のブログで現役引退を表明した[21]。

2014年4月より古巣FC東京の普及部コーチを務める[22]。

2015年、AC長野パルセイロのキャンプに練習生として参加したが[23] 契約には至らず、7月に東京都リーグ3部のCORAZONマタドールで選手復帰。

2016年、東京都リーグ2部の南葛SCにコーチ兼任で加入[24]。

2019年、南葛SCの女子チーム南葛SC WINGSの監督に就任した[25]。2021年12月20日、退任が発表された[26]。

2022年、習志野シティFCの監督に就任した。[27] 2024年2月末で任期満了となった[28]。

所属クラブ

ユース経歴
  • 1990年 - 1995年 高三サッカークラブ (杉並区立高井戸第三小学校[3])
  • 1996年 - 1998年 東京ガスFCジュニアユース (杉並区立向陽中学校[3])
  • 1999年 - 2001年 FC東京U-18 (日本学園高校[2])
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002FC東京32J110000010
200300000000
2004大宮19J200-0000
2005FC東京30J100000000
2006湘南21J2470-20490
2007310-20330
2008C大阪16170-00170
200920-1030
2010J11102000130
20113240000040
2012福岡21J2190-10200
2013190-00190
2015コラソン東京都3部--
2016南葛4東京都2部2--2
201721--
通算日本J1 1602000180
日本J2 1350-601410
日本東京都2部 2-00
日本東京都3部 -00
総通算 151020601590
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2011C大阪3220
通算AFC 20

代表歴

指導歴

脚注

  1. 1 2 3 4 “2010年 J1選手名鑑 セレッソ大阪 尾亦 弘友希”. 2010年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 スポーツニッポン
  2. 1 2 3 “尾亦弘友希選手(FC東京U-18)来季新加入内定のお知らせ”. 2004年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 FC東京 (2001年12月11日)
  3. 1 2 3 4 5 『FC東京ファンブック2005』毎日新聞社、2005年、56頁。
  4. ↑ 試合記録 Jリーグ ディビジョン1 ファーストステージ第5節 FC東京 (2002年4月6日)
  5. ↑ “尾亦弘友希選手『FCポルト』短期留学のお知らせ”. 2004年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 FC東京 (2003年8月12日)
  6. ↑ “尾亦弘友希選手 大宮アルディージャへ期限付移籍決定のお知らせ”. 2004年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 FC東京 (2003年12月22日)
  7. ↑ “尾亦 弘友希選手、期限付き移籍獲得のお知らせ”. 2004年2月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 大宮アルディージャ (2003年12月22日)
  8. ↑ FC東京の実体 (1/3) 05シーズン版FC東京 スポーツナビ (2005年6月2日)
  9. ↑ “尾亦弘友希選手 湘南ベルマーレへ完全移籍決定のお知らせ”. 2006年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 FC東京 (2005年12月9日)
  10. ↑ 選手出場記録 (2006年12月2日)
  11. ↑ 『GIANT KILLING extra Vol.03 「才能と努力の係数 - 長澤徹(FC東京コーチ)」』 講談社、32-33頁、2010年10月 (ISBN 4063895114/ISBN-13 978-4063895117)
  12. ↑ “尾亦弘友希選手 セレッソ大阪に移籍のお知らせ”. 2007年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。 湘南ベルマーレ (2007年12月12日)
  13. ↑ 湘南ベルマーレより尾亦弘友希選手移籍加入のお知らせ セレッソ大阪 (2007年12月12日)
  14. ↑ 尾亦弘友希選手の負傷について セレッソ大阪 (2008年3月25日)
  15. ↑ 尾亦弘友希選手の負傷について セレッソ大阪 (2008年8月12日)
  16. ↑ 『Jリーグカラー名鑑 2011年 3/4号』 ベースボール・マガジン社、2011年2月 ASIN B004MSWVZS
  17. ↑ 尾亦弘友希選手 アビスパ福岡へ完全移籍のお知らせ セレッソ大阪 (2012年1月6日)
  18. ↑ 尾亦 弘友希 選手 セレッソ大阪より完全移籍加入のお知らせ アビスパ福岡 (2012年1月6日)
  19. ↑ 福岡は尾亦がクロスで2点演出、愛媛の猛攻を耐えて4試合ぶり勝利 ゲキサカ (2013年6月23日)
  20. ↑ “アビスパ福岡 契約満了選手のお知らせ”. アビスパ福岡 (2013年11月30日). 2013年11月30日閲覧。
  21. ↑ “報告”. おま家通信。. 2022年5月31日閲覧。
  22. ↑ 尾亦弘友希選手 現役引退 および FC東京普及部コーチ就任のお知らせ アビスパ福岡 (2014年4月3日)
  23. ↑ “元大宮・橋本ら練習生で参加 AC長野キャンプ2日目”. 信濃毎日新聞. 2016年3月5日閲覧。
  24. 1 2 3 南葛SC TOPチームでは2016年度より尾亦弘友希氏とヘッドコーチ兼選手として契約を行いました事をお知らせします。 南葛SC (2015年12月21日)
  25. 1 2 『WINGS 尾亦監督就任のお知らせ』(プレスリリース)南葛SC、2019年12月23日。2020年3月12日閲覧。
  26. ↑ 『【WINGS】尾亦弘友希 監督退任のお知らせ』(プレスリリース)南葛SC、2021年12月20日。2022年1月24日閲覧。
  27. 1 2 習志野シティFC twitter(2022年3月4日)
  28. ↑ 習志野シティFC X(2023年12月22日)

関連項目

外部リンク