山田昇 (実業家)

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山田 昇(やまだ のぼる、1943年(昭和18年)2月11日 - )は、日本の経営者、実業家。

ヤマダホールディングス(ヤマダデンキ)創業者。同社代表取締役会長兼取締役会議長、東日本実業団陸上競技連盟会長[1]、日本実業団陸上競技連合副会長[2]。

宮崎県宮崎郡佐土原町(現:宮崎市)出身。

人物

2013年6月27日付で、上場以来初めて2期連続減収減益となったことを受け、取締役全員の役職を引き下げたことから社長に復帰した[3][4][5][6]。

2016年4月1日、会長兼取締役会議長に退き、後任には桑野光正取締役兼執行役員常務が就任した[7][8]。

甥の一宮忠男は元ヤマダ電機代表取締役副会長で、長らくヤマダ電機のNo.2であった。長男の山田傑は2016年までヤマダ電機の取締役を務め、当時は昇の後継者と目されていたが、2016年に記者会見において昇が「後継者として、その任にない」と明言して傑を取締役から退任させるなど、経営のためなら身内でも切る厳しさで知られる。

略歴

  • 1966年 - 日本ビクター(現:JVCケンウッド)入社。
  • 1973年 - 群馬県前橋市で個人家電店(ヤマダ電化センター)を創業[9]。
  • 1983年 - 株式会社ヤマダ電機を設立。
  • 2000年 - 東京証券取引所市場第一部上場。
  • 2008年 - 代表取締役会長兼代表執行役員CEO[10]。
  • 2013年 - 代表取締役社長兼代表執行役員CEO。
  • 2016年 - 代表取締役会長兼取締役会議長。

家族

  • 長男 - 山田傑(ヤマダ電機元取締役)[11][12]
  • 長女 - 山田直美(ヤマダ電機元社長室長、故人)[13][14]

テレビ出演

  • 日経スペシャル カンブリア宮殿 (テレビ東京)- ヤマダ電機 会長として出演。
    • 「家電量販No1!ヤマダ電機強さの秘密」(2008年9月29日、テレビ東京)[15]。
    • 「ヤマダ電機に見る、ニッポン流通の未来図」(2008年10月6日、テレビ東京)[16]。

脚注

  1. ↑ 当団体について 東日本実業団陸上競技連盟
  2. ↑ 当団体について 日本実業団陸上競技連合
  3. ↑ “2期連続減収ヤマダ電機全役員が降格 創業会長が社長に異例復帰の舞台裏”. ビジネスジャーナル. (2013年5月5日) 2014年1月31日閲覧。
  4. ↑ “ヤマダ電機、家電量販王者が国内外で苦戦”. 東洋経済オンライン. (2013年4月22日) 2014年1月31日閲覧。
  5. ↑ “経済の死角 ヤマダ電機(利益6割減)のドン(山田昇会長)「全役員降格で社長復帰」は英断か”. 現代ビジネス. (2013年5月26日) 2014年1月31日閲覧。
  6. ↑ “取締役の職位の変更についてのお知らせ” (PDF). 株式会社ヤマダ電機 (2013年4月30日). 2014年1月30日閲覧。
  7. ↑ “ヤマダ社長、2度目の禅譲 後任に桑野取締役「戦略」「中計」「育成」役割を分担”. 日本経済新聞. (2016年1月20日) 2016年2月14日閲覧。
  8. ↑ “ヤマダ電機、創業者が一線退く 社長に桑野氏、山田氏は会長に”. 共同通信. (2016年1月20日) 2016年2月14日閲覧。
  9. ↑ ヤマダ電機会長兼CEO 山田 昇 -拡大路線を突っ走る家電量販トップの“野心” | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
  10. ↑ “ヤマダの新社長に一宮氏 創業者の山田社長は会長に”. 共同通信. (2008年4月1日) 2014年1月31日閲覧。
  11. ↑ ヤマダが図る脱同族、「息子はその任にない」 | 週刊東洋経済(ビジネス) | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
  12. ↑ Microsoft Word - 41.doc - 080401_yakuin.pdf
  13. ↑ (3ページ目)ヤマダ会長が大塚久美子氏に期待した 経営手腕と娘の面影|日刊ゲンダイDIGITAL
  14. ↑ SEISHIN APPLICATION CLICK|-適応と前進 特別号ー|誠伸商事株式会社
  15. ↑ 「家電量販No1!ヤマダ電機強さの秘密」 - テレビ東京 2008年9月29日
  16. ↑ 「ヤマダ電機に見る、ニッポン流通の未来図」 - テレビ東京 2008年10月6日
先代
-
ヤマダ電機社長
初代:1983年 - 2008年
次代
一宮忠男
先代
一宮忠男
ヤマダ電機社長
第3代:2013年 - 2016年
次代
桑野光正