岡本知剛

ウィキペディアから、無料の百科事典
岡本 知剛
名前
愛称 トモ
カタカナ オカモト トモタカ
ラテン文字 OKAMOTO Tomotaka
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-06-29) 1990年6月29日(34歳)
出身地 広島県尾道市
身長 179cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
日本の旗 フェニックス尾道SC
(吉和小学校)
2003-2005 日本の旗 サンフレッチェびんごJrユース
(吉和中学校)
2005-2008 日本の旗 サンフレッチェ広島ユース
(吉田中学校/吉田高校)
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2008-2014 日本の旗 サンフレッチェ広島 10 (0)
2011-2012 →日本の旗 サガン鳥栖 (loan) 60 (1)
2014 →日本の旗 サガン鳥栖 (loan) 6 (0)
2014-2016 日本の旗 サガン鳥栖 34 (0)
2016 →日本の旗 湘南ベルマーレ (loan) 1 (0)
2017-2018 日本の旗 松本山雅FC 16 (1)
2019-2021 日本の旗 ロアッソ熊本 68 (4)
通算 195 (6)
代表歴
2007  日本U-17 3 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

岡本 知剛(おかもと ともたか、1990年6月29日 - )は、広島県尾道市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。並木学院高等学校卒業。

来歴

フェニックス尾道SC時代に島卓視にスカウトされ、サンフレッチェ広島の提携スクールであるサンフレッチェびんごジュニアユースに入団した。同期に井林章。中学2年ではFWとして活躍し、JFAストライカーキャンプのメンバーに選ばれたことがある。その後はボランチとしてプレー、中学3年から広島ユースに早期昇格している。同級生に原裕太郎。高校1年からボランチとしてレギュラーをつかみ、2006年Jユースカップ優勝、2007年高円宮杯準優勝に貢献した[1]。

また年代別代表にはU-15から選出され[2]、2006年には城福浩率いるU-17代表に選出され、ボランチのレギュラーとしてAFC U-17選手権2006および2007 FIFA U-17ワールドカップに出場[3]。特に優勝したAFC選手権では活躍を見せ、柿谷曜一朗・水沼宏太・山田直輝と共に大会公式サイトで「ファンタスティック・フォー」と称された[4]。

2008年、春のトップチームキャンプに参加、この時認められトップへ2種登録に[3]。同年6月、本人の強い希望により高校卒業を待たずにプロ契約を結び[5]、正式にトップチームに昇格[3]。髙萩洋次郎以来、球団史上2人目となる高卒前のプロ契約となった[3]。それと平行して広島県立吉田高等学校から単位制の並木学院高等学校へ転校し2009年3月に卒業[5]。

また2008年、牧内辰也率いるU-19代表に選出され、右SBのレギュラーとしてAFC U-19選手権2008に出場[6]。同年には中盤に怪我人や体調不良が続出したことに伴い、J2最終節対徳島ヴォルティス戦でプロデビューを飾った。翌2009年10月、対ガンバ大阪戦でJ1デビュー。しかし、以降は怪我もあり出場機会を得られなかった[2]。

2011年、出場機会を求め当時J2のサガン鳥栖に期限付き移籍する[1][2]。その前年までの鳥栖はボランチが弱点の一つであったことから、尹晶煥によりレギュラーに抜擢され藤田直之とともにダブルボランチを形成、同年度のJ1昇格に貢献した[7]。翌2012年も期限付き移籍延長により引き続き鳥栖に在籍し、主力としてJ1昇格1年目の鳥栖の上位進出に貢献した[8]。

2013年、広島へ復帰する[8]。AFCチャンピオンズリーグ2013では全6試合に先発出場し、リーグ戦やカップ戦のほぼ全ての試合でベンチ入りを果たすも、青山敏弘と森崎和幸の前に国内公式戦での出場機会は前年より減らす形になった。

2014年、再びサガン鳥栖への期限付き移籍、主力として活躍しシーズン中である同年6月に完全移籍した[9]。2016年7月に湘南ベルマーレへ期限付き移籍[10]。

2019年シーズンはロアッソ熊本に加入した。開幕当初は怪我で出遅れたが、復帰するとスタメンの座を確保しチームの首位躍進に貢献した。夏に重傷の怪我を負い手術を受け長期離脱となったがシーズン終盤に復帰した。2020年シーズンは攻撃的MFの位置での起用が多く、ボール保持時間を長くするチーム戦術に貢献し、機を見て最前線へ飛び出す動きなどで活躍した。

2021年12月4日、現役引退が発表された[11]。

挿話

  • Jリーグ史上初めて、J1・J2・J3全てのカテゴリーで優勝メンバーとなった経験を持つ選手である(2008年広島でJ2優勝、2013年広島でJ1優勝、2021年熊本でJ3優勝)。ただし、前述のとおり2008年はシーズン途中でプロ契約を結んでおり、フルシーズン在籍しての全カテゴリー制覇は2023年の森脇良太が初となる[12]。

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008広島32J210-0010
2009J130202070
201000001010
2011鳥栖6J2341-00341
2012J12604010310
2013広島1560002080
2014鳥栖61904030260
20151103010150
201610030-130
湘南510-2030
2017松本23J250-2070
2018111-20131
2019熊本31J3213-10223
2020331--331
2021140-00140
通算日本J1 7601601201040
日本J2 512-40452
日本J3 684-10694
総通算 19561601702286
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2010広島3210
20131560
通算AFC 70

出場歴

アンダーカテゴリー
トップチーム

タイトル

クラブ

サンフレッチェ広島

松本山雅FC

ロアッソ熊本

  • 熊本県サッカー選手権大会:2回(2019年、2021年)
  • J3リーグ:1回(2021年)

代表歴

脚注

  1. 1 2 “[全38クラブ網羅!ロンドン五輪世代プレーヤー図鑑]vol.25:岡本知剛(鳥栖)”. J's GOAL. 2014年6月2日閲覧。
  2. 1 2 3 “【新戦力紹介】6・MF 岡本知剛”. 佐賀新聞 (2011年2月7日). 2014年6月2日閲覧。
  3. 1 2 3 4 “ユース3年の岡本とプロ契約”. 中国新聞 (2008年6月12日). 2008年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月2日閲覧。
  4. ↑ “東アジア対決となった決勝、どちらが優勝に輝くか:AFC U-17選手権”. アジアサッカー連盟公式 (2006年9月16日). 2008年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月2日閲覧。
  5. 1 2 “攻撃参加でゴール狙う MF岡本知剛(18)”. 中国新聞 (2009年3月11日). 2009年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月2日閲覧。
  6. ↑ “【2009Jリーグ Pick Up!ニュージェネレーション】最終回:岡本知剛(広島)”. J'sGOAL (2009年1月16日). 2014年6月2日閲覧。
  7. ↑ “連載「尹サッカー開花」① 新戦力・ボランチ岡本”. 佐賀新聞 (2011年12月6日). 2014年6月2日閲覧。
  8. 1 2 “「2年間のこと忘れない」、岡本が広島復帰”. 佐賀新聞 (2012年12月27日). 2014年6月2日閲覧。
  9. ↑ “岡本知剛選手 サンフレッチェ広島より完全移籍加入のお知らせ”. J's GOAL. 2016年7月10日閲覧。
  10. ↑ “サガン鳥栖 岡本知剛選手 移籍加入のお知らせ”. 湘南ベルマーレ. 2016年7月13日閲覧。
  11. ↑ “岡本知剛選手、現役引退のお知らせ”. ロアッソ熊本. 2021年12月26日閲覧。
  12. ↑ “【データが語る】J3V王手の愛媛「史上最高タイトルコレクター」森脇良太全カテゴリー制覇へ”. 日刊スポーツ (2023年11月10日). 2023年11月19日閲覧。

関連項目

外部リンク