| 常昊 九段 | |
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ワールド碁フェスティバルのトークショーでの常昊(2019年6月) | |
| 名前 | 常昊 |
| 生年月日 | 1976年11月7日(48歳) |
| プロ入り年 | 1986年 |
| 出身地 |
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| 所属 | 中国囲棋協会 |
| 段位 | 九段 |
| 概要 | |
| 世界タイトル | |
| 応昌期杯 | 優勝(2005) |
| 富士通杯 | 準優勝(1998, 2000) |
| 三星火災杯 | 優勝(2007) |
| 春蘭杯 | 優勝(2009) |
| BCカード杯 | 準優勝(2010) |
常 昊(じょう こう、チャン・ハオ、1976年11月7日 - )は、中国の囲碁棋士。上海出身、中国囲棋協会所属、九段。中国囲棋天元戦5連覇他棋戦優勝多数、応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦優勝などの実績を挙げており、聶衛平「大龍」、馬暁春「中龍」に次ぐ、「七小龍」の一人とされる。渾名は「鴨子(アヒル)」。中国囲棋協会副主席。夫人は張璇八段。
6歳で碁を覚え、8歳で上海選抜チームの「上海棋社」に入る。1986年入段。同年の全国少年大会に優勝。1987年、10歳で国家少年囲棋隊に入り、北京に移る。1988年、パリでの世界青少年囲碁選手権大会で優勝。1990年、世界アマチュア囲碁選手権戦で、8戦全勝で13歳の最年少で優勝。同年全国少年戦優勝。
1992年に名人リーグ入り。同年の日中囲碁交流で中国代表団として来日し、5勝2敗となる。1994年に大国手戦挑戦者となるが馬暁春に2-3で敗退、同年聶衛平門下となる。1995年に全国囲棋個人戦で優勝。以後天元戦、楽百氏杯で5連覇など、中国国内のタイトル戦で好成績を挙げて、馬暁春に代わる国内囲碁界の第一人者となる。中国棋士ランキングでは、1997年から1999年前半まで、及び2001年の間、1位を保った。1999年九段。同年、張璇と結婚。
日中スーパー囲碁では、1995年に5人抜き、1996年に6人抜きを果たし、中国勝利に大きく貢献。世界棋戦では、1998年に世界囲碁選手権富士通杯に準優勝したのを始め準優勝6回を続けていたが、終盤のヨセで負けることが多いため依田紀基のアドバイスで安井知得仙知の碁を研究し、2005年に応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦で世界戦初優勝に結びつけた。中国甲級リーグ戦では上海チームに所属、2003年から主将を務め、04、05、07年の優勝に貢献、07年は20勝2敗を記録。2006年の江原ランド杯中韓囲碁対抗戦では、副主将として4人抜きして中国勝利をもたらす。2008年の農心辛ラーメン杯でも副主将として4人抜きし、中国初優勝を果たした。
2008年のワールドマインドスポーツゲームズ、2010年のアジア競技大会では、いずれも男子団体戦で銀メダル。2005年の南方長城杯世界囲棋嶺鋒対決では李昌鎬と対戦し、4コウ無勝負となった。2016年Mlily夢百合杯世界囲碁オープン戦ベスト16。2017年12月、中国囲棋協会副主席に就任[1]。
国際棋戦
国内棋戦
第1局崔哲瀚先勝に続く第2局、常昊先番で序盤から激しい攻防が続き、右下からの戦いが左辺に及んだところで、黒1(117手目)、5、9の頭ツケ3連発がハイライト。ここからコウ絡みで右辺一帯の白の大石をもぎ取り、179手まで黒中押勝。続いて連勝して3-1で世界戦初優勝を飾った。
2004年12月28日 崔哲瀚-常昊(先番)
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PQS C51