常澤聡

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常澤 聡
名前
愛称 トキ[1][2]
カタカナ トキザワ サトシ
ラテン文字 TOKIZAWA Satoshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-07-31) 1985年7月31日(39歳)
出身地 群馬県藤岡市[3][4]
身長 186cm
体重 81kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足[1][4]
ユース
2001-2004 日本の旗 前橋育英高校
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2006 日本の旗 東京ヴェルディ1969 0 (0)
2007-2010 日本の旗 ザスパ草津 44 (0)
2011-2012 日本の旗 FC東京 0 (0)
2013-2014 日本の旗 モンテディオ山形 35 (0)
2015-2017 日本の旗 FC岐阜 25 (0)
2018 日本の旗 ザスパクサツ群馬 0 (0)
2019-2022 日本の旗 FCマルヤス岡崎 5 (0)
2023- 日本の旗 WYVERN
通算 109 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年11月20日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

常澤 聡(ときざわ さとし、1985年7月31日 - )は、群馬県藤岡市出身のプロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー(GK)。

来歴

小学校3年生の時にサッカーを始めた[2][4]。2001年、前橋育英高校に進学。2003年(3年生時)には群馬県選抜の一員として国体で準優勝。同年末、同期の石亀晃、小泉訓、小林竜樹、武田英明らと共に全国高校サッカー選手権に出場した。

2004年に東京ヴェルディ1969に入団。しかし高木義成の前に出場機会を得られず、2005年にはJ2降格を喫した。

2007年、ザスパ草津に加入[5]。本田征治、北一真らと正GKの座を争ったが、レギュラーには定着できなかった。本田が退団した2010年は、北を制して正GKに入り27試合に出場。シーズン終了後、自身の意思により草津を退団した[6]。

2011年よりGKコーチの山岸範之と共にFC東京へ加入したが[3]、塩田仁史・権田修一に次ぐ第3GKの立場に留まった[7]。同年結婚[4]。

2013年からモンテディオ山形へ完全移籍[8][9]。素早い反応と長い手足によるシュートストップでアピールし[10]、第3節長崎戦から出場機会を得ると、好セーブを連発してチームの4連勝に貢献[4]。清水健太に替わる正GKとして定着した。しかし2014年は監督交替もあり清水が復権。清水負傷時に一時ベンチ入りするも、山岸範宏が加入して以降は兼田亜季重が控えを務めることが多くベンチ外が続いた。

2015年、FC岐阜へ完全移籍[11][12]。太田岳志や川口能活に変わって夏場以降先発に定着し、好不調の波はあったものの失点減に貢献した[13]。しかし、2016年になると高木、2017年にはビクトル・イバニェスにそれぞれ後塵を拝し、2017年オフに契約満了により退団。 Jリーグ合同トライアウトに出場した[14]。

2018年、ザスパクサツ群馬へ完全移籍[15]。松原修平が全試合に出場したため出番はなくシーズン終了後、契約満了により退団した[16]。

2019年、FCマルヤス岡崎へ完全移籍[17]。GKコーチも兼任する[18]。

2022年、マルヤスとの契約が満了[19]。

2023年、WYVERNへ加入した[20]。

エピソード

  • 両腕を広げると190cmの長さになり[21]、手足の長さからスパイダーマンに例えられる[22][2]。
  • イジられキャラ[23]かつ不思議キャラ[24]。草津では選手寮の自室に鍵をかけておらず、チームメートの溜まり場となっていた[23]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2004東京V12J100000000
20052600000000
200634J200-0000
2007草津2100-0000
200810-0010
2009160-20180
2010270-10280
2011FC東京3100-0000
2012J100000000
2013山形21J2350-30380
201400-0000
2015岐阜22180-10190
2016170-0070
201700-0000
2018群馬J300-0000
2019マルヤス21JFL00--00
202030-0030
202120--20
202200--00
通算日本J1 00000000
日本J2 1040-701110
日本J3 00-0000
日本JFL 50-0050
総通算 109000701160
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2012FC東京3100
通算AFC 00

代表・選抜歴

タイトル

脚注

  1. 1 2 “PLAYER'S DATABASE”. 2007年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月2日閲覧。 WEBサッカーマガジン (2007年2月13日)
  2. 1 2 3 『Jリーグ選手名鑑 2014J1・J2・J3エルゴラッソ特別編集』三栄書房、2014年、180頁。
  3. 1 2 常澤 聡選手 移籍加入決定のお知らせ FC東京 (2010.12.31)
  4. 1 2 3 4 5 6 7 山形常沢6月パパに家族もゴールも守るぞ 日刊スポーツ (2013年4月5日)
  5. ↑ 常澤聡選手 ザスパ草津移籍のお知らせ 東京ヴェルディ1969 (2006年12月20日)
  6. ↑ “常澤聡選手 今シーズン限りで退団のお知らせ”. 2010年12月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年12月9日閲覧。 ザスパ草津 (2010.12.03)
  7. ↑ 小林伸二監督と長島裕明コーチ、思い出深き古巣の山形戦を迎える blogola (2013年6月6日)
  8. ↑ 常澤聡選手モンテディオ山形へ完全移籍のお知らせ FC東京 (2012年12月29日)
  9. ↑ “常澤聡選手 FC東京より完全移籍加入のお知らせ”. モンテディオ山形 (2012年12月29日). 2012年12月29日閲覧。
  10. ↑ “【モンテ】新戦力3 GK常沢聡 シュートに素早い反応”. 2013年2月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月2日閲覧。 山形新聞 (2013年2月4日)
  11. ↑ 常澤聡選手 FC岐阜へ完全移籍のお知らせ モンテディオ山形 (2015年1月4日)
  12. ↑ “常澤聡選手、モンテディオ山形より完全移籍加入のお知らせ”. FC岐阜 (2015年1月4日). 2015年1月4日閲覧。
  13. ↑ 『月刊J2マガジン 2016年1月号』ベースボール・マガジン社、2015年、73頁。
  14. ↑ “【一覧リスト】2017「Jリーグトライアウト」に107人参加 FW21人、MF40人、DF34人、GK12人に”. football-zone (2017年). 2022年12月5日閲覧。
  15. ↑ 常澤 聡選手 FC岐阜より完全移籍加入のお知らせ ザスパクサツ群馬 (2017年12月23日)
  16. ↑ 契約満了選手のお知らせ ザスパクサツ群馬 (2018年12月7日)
  17. ↑ 常澤 聡選手 完全移籍加入のお知らせ FCマルヤス岡崎 (2019年1月15日)
  18. ↑ 2019シーズン チーム体制およびチームスローガン決定のお知らせ FCマルヤス岡崎 (2019年2月8日)
  19. ↑ 『常澤聡選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)FCマルヤス岡崎、2022年11月22日。2022年12月21日閲覧。
  20. ↑ 『2023シーズン 新加入選手のお知らせ』(プレスリリース)WYVERN、2023年1月26日。2023年1月26日閲覧。
  21. ↑ 『エル・ゴラッソ Jリーグプレーヤーズガイド2013』スクワッド、2013年、138頁。
  22. ↑ 草津GK常沢獲りへ 東京中日スポーツ、2010.12.09
  23. 1 2 【J2:第10節 草津 vs 東京V】プレビュー Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2009年4月25日)
  24. ↑ 常澤選手に週刊プレイボーイがインタビュー エル・ゴラッソweb版BLOGOLA、2010.10.01

関連項目

外部リンク