慶應義塾大学競走部
慶應義塾體育會競走部は、慶應義塾大学體育會の陸上競技チームである。関東学生陸上競技連盟に所属している[1]。練習拠点は横浜市港北区および川崎市中原区。
概要
1917年創部。日本選手権・日本インカレなどで優勝者・上位入賞者を数多く輩出した[2]。
2016年9月、第85回日本インカレ女子4×100mリレー走で、3走竹内爽香(3年)[注釈 1]らを擁して慶大新記録(45.50)で準優勝した[4]。2023年10月には、第107回日本選手権リレー競技男子4×100mリレー走で、83年ぶりに優勝を遂げた[5]。
歴史
箱根駅伝
箱根駅伝の第1回大会に参加した4校のうちの1校。出場回数のべ30回を数え、優勝も1回あるが、1994年の第70回大会を最後に出場がない。これは特に戦後に波及した駅伝有害論(選手が故障したり選手寿命が尽きることを懸念するもの)を早稲田大学と協調して唱えて、1951年の第27回大会出場を辞退したことが大きいと言われている[6]。これにより選手が集まらなくなってしまい、箱根の道から遠ざかった(なお早稲田大学は大会への参加は継続している)。
ようやく1959年の第35回大会に予選会をクリアし復帰したものの、60-70年代は予選会はクリアするもシード権を獲得できず、1971年の第47回大会に出場した後は出場枠の多い記念大会であった第50回・第60回・第70回大会に出場できたのみであり、2000年代以降は予選会でも低迷が続いていた。
創部100周年となる2017年4月、駅伝強化を目的とする『慶應箱根駅伝プロジェクト』を開始[7]。長距離コーチとして日本体育大学OBの保科光作が就任した[8]。2019年8月、順天堂大学OBの小野裕幸が長距離コーチに就任。2022年度まで任に当たった。箱根駅伝プロジェクト開始以降は関東学生連合チームに毎年のように選手を輩出しており、箱根駅伝予選会の成績も徐々に持ち直している。しかしながら、慶應ではスポーツ推薦枠で入学する手段がほぼ無いことから有力選手の獲得が難しく、部活動に自主性が求められる気風から、部の強化が指導者と学生による努力とOB・OGや教職員など周辺関係者の支援任せとなっている。そのため、活動資金を自分たちで賄わなければいけない等といったことから、箱根駅伝へ向けて学校をあげた支援体制を築く他大学とは実力や環境面で差を付けられており、部の強化に難航が続いている[9]。
タスキは第1回大会では水色、最後に本大会に出場した第70回大会では青・赤・青の3色を採用している。
主な出身者

- 男子
- 女子
脚注
注釈
出典
- ↑ “2019年度加盟校”. 関東学生陸上競技連盟. 2021年2月5日閲覧。
- ↑ “競走部について”. 2021年2月5日閲覧。
- ↑ “渡辺パイプの北川翔・竹内爽香が退部 ともに30歳の同学年、ユニバ金・北川は昨シーズン限りで競技も引退”. 月陸 Online (2026年1月31日). 2026年10月13日閲覧。
- ↑ “【競走】女子4継 塾新記録で準優勝! 天皇賜盃第85回日本学生陸上競技対校選手権大会”. ケイスポ(慶應スポーツ). 慶應スポーツ新聞会 (2016年9月8日). 2026年10月13日閲覧。
- ↑ 【日本選手権リレー】男子4×100mリレー 慶應大学優勝コメント:83年ぶりの4継日本一に輝く! 日本陸上競技連盟(JAAF)、2023.10.11(水)
- ↑ 【記者の眼】慶大と箱根駅伝
- ↑ “箱根駅伝プロジェクトとは”. 2021年2月5日閲覧。
- ↑ “「対話と情熱」古豪・慶應義塾大学の復活にかける指導者の想いと願い|Sports for Social”. Sports for Social (2023年9月6日). 2024年3月6日閲覧。
- ↑ 悲願の箱根駅伝へ慶應「競走部」が奮闘、頼りはクラウドファンディング