戦争の親玉

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「戦争の親玉」
ボブ・ディランの楽曲
初出アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』
リリース1963年5月27日[1]
録音
ジャンルフォーク
時間4分34秒
レーベルコロムビア・レコード
作詞・作曲ボブ・ディラン
プロデューストム・ウィルソン[3][4]
『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』 収録曲
Side 1
  1. 「風に吹かれて」
  2. 「北国の少女」
  3. 「戦争の親玉」
  4. 「ダウン・ザ・ハイウェイ」
  5. 「ボブ・ディランのブルース」
  6. 「はげしい雨が降る」
  7. 「くよくよするなよ」
Side 2
  1. 「ボブ・ディランの夢」
  2. 「オックスフォード・タウン」
  3. 「第3次世界大戦を語るブルース」
  4. 「コリーナ、コリーナ」
  5. 「ワン・モア・チャンス」
  6. 「アイ・シャル・ビー・フリー」
ミュージックビデオ
「Masters of War」 - YouTube

「戦争の親玉」(せんそうのおやだま、Masters of War)は、ボブ・ディランが1963年に発表した楽曲。メロディはトラディショナルソングの「ノッタムン・タウン」からとられている[5][6]。冷戦下における核戦争の危機の高まりを背景に書かれた反戦歌である[7]。アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録された。

概要

1961年1月に大統領に就任したジョン・F・ケネディは南ベトナムに駐留する軍事顧問団の数を増強させ、年々ベトナム戦争への介入を深めていった[8]。1962年10月から11月にかけて米ソ間のキューバ危機が起こり、世界は核戦争の寸前まで至った[9]。同年12月17日、ディランはBBCのテレビドラマ『Madhouse on Castle Street』に出演するためロンドンへ飛んだ[10]。イギリス滞在中、こうした世相を背景に為政者たちを批難する歌、「戦争の親玉」を書いた[7][6][11][12]。

メロディはトラディショナルソングの「ノッタムン・タウン」からとられた。とくに女性フォーク歌手のジーン・リッチーが歌ったバージョン(1954年発売のアルバム『Kentucky Mountains Songs』に収録)を元にしている[5][6]。「ノッタムン・タウン」は音楽一家であったリッチー家で数世代にわたって伝えられてきた歌であった。レコードが出た後、ジーン・リッチーはディラン側に対し編曲者としてクレジットすることを求めた。ディランの弁護士は裁判上の和解で、リッチーに5000ドルを支払い、それ以上の要求を阻止した[13]。

1963年1月16日、ディランはニューヨークに戻った[3]。1月24日、ミニコミ雑誌『Broadside』のためにニューヨークのフォークウェイズ・スタジオで本作やほかの楽曲を録音した[2]。翌月にも「オンリー・ア・ホーボー」など数曲を録音した[2]。そのうち公式アルバムの収録から外されたいくつかの曲は、「Blind Boy Grunt」という匿名の名義で1964年発売のコンピレーション・アルバム『Broadside Ballads Vol. 1』に収録された。

『Broadside』1963年2月号に本作の歌詞と楽譜が掲載された。飢えた家族が寂しげに見つめる中、ナイフとフォークを持った男が地球を切り分けようとしている挿絵を、ディランの当時の恋人のスーズ・ロトロが描いた[14][15]。

同年4月24日、ディランはセカンドアルバムの制作のためニューヨークのコロムビア・レコーディング・スタジオに入り、「戦争の親玉」を含む5曲を録音した[注 1]。この日のセッションからディランのプロデューサーはジョン・ハモンドからトム・ウィルソンに変わった[3][4]。同年5月27日発売のアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録された[1]。

ディランによる別バージョン

録音時期場所収録アルバム発売日
1963年1月ニューヨーク
アラン・ローマックスの自宅
『Root Hog Or Die: 100 Songs, 100 Years, An Alan Lomax Centennial Tribute』2016年
1963年2月8日ニューヨーク
Gerde's Folk City
『The 50th Anniversary Collection 1963』2013年11月
1963年3月ニューヨーク
ウィトマーク・スタジオ
『ザ・ブートレッグ・シリーズ第9集:ザ・ウィットマーク・デモ』2010年10月19日
1963年4月12日ニューヨーク
タウン・ホール
『ノー・ディレクション・ホーム:ザ・サウンドトラック』2005年8月30日
1963年4月24日ニューヨーク
コロムビア・レコーディング・スタジオ(別テイク)
『The Bootleg Series Vol. 18: Through the Open Window 1956–1963』2025年10月31日
1963年5月10日マサチューセッツ州ウォルサム
ブランダイス大学
『In Concert – Brandeis University 1963』2011年4月11日
1963年10月26日ニューヨーク
カーネギー・ホール
『The 50th Anniversary Collection 1963』2013年11月
1984年7月イギリス『リアル・ライブ』1984年12月3日

カバー・バージョン

脚注

注釈

  1. ↑ 1963年4月24日に録音したのは「北国の少女」「戦争の親玉」「第3次世界大戦を語るブルース」「ボブ・ディランの夢」「ウォールズ・オブ・レッド・ウィング」の5曲[2]。このうち「ウォールズ・オブ・レッド・ウィング」を除く4曲が『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録された。同曲はのちに1991年発売のボックス・セット『ブートレッグ・シリーズ第1〜3集』に収録された。

出典

  1. 1 2 Auping, Jonny (2016年1月21日). “For Sale: One of the World’s Rarest Bob Dylan Albums”. Texas Monthly. 2024年9月10日閲覧。
  2. 1 2 3 4 Olof Björner. “Still On The Road 1963 Concerts and Recording Sessions”. Still On The Road. 2025年8月16日閲覧。
  3. 1 2 3 Heylin 1996, p. 43.
  4. 1 2 “THE IMPORTANT TOM WILSON”. OUTTAKES. 2026年4月14日閲覧。
  5. 1 2 “Nottamun Town (traditional)”. 2010年9月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月14日閲覧。
  6. 1 2 3 ““Masters of War” by Bob Dylan”. Music Politics (2015年11月30日). 2026年4月14日閲覧。
  7. 1 2 Hentoff 1963.
  8. ↑ “Vietnam War Allied Troop Levels 1960–73”. 2016年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月1日閲覧。
  9. ↑ “社説 キューバ危機60年 収拾のプロセスに学べ”. 中國新聞 (2022年10月28日). 2026年4月14日閲覧。
  10. ↑ “Dylan in the Madhouse”. BBC TV (2007年10月14日). 2011年5月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月31日閲覧。
  11. ↑ “Folk rock legend plays controversial song for first time in nearly a decade”. Cleveland OH Local News, Breaking News, Sports & Weather (2025年8月12日). 2026年4月14日閲覧。
  12. ↑ “Masters of War”. The Official Bob Dylan Site. 2026年4月14日閲覧。
  13. ↑ Sounes 2001, p. 132.
  14. ↑ Gill 1999, p. 26.
  15. ↑ “Broadside #20”. Sing Out!. Broadside (1963年2月). 2026年4月14日閲覧。

参考文献

  • Hentoff, Nat (1963). The Freewheelin' Bob Dylan. Bob Dylan. New York: Columbia Records 
  • Gill, Andy (1999), Classic Bob Dylan: My Back Pages, Carlton, ISBN 1-85868-599-0 
  • Sounes, Howard (2001). Down The Highway: The Life Of Bob Dylan. Grove Press. ISBN 0-8021-1686-8. https://archive.org/details/downhighwaylifeo0000soun