| プロフィール | |
|---|---|
| 生年月日 | 1998年9月8日 |
| 現年齢 | 26歳 |
| 出身地 |
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| 血液型 | B型 |
| 公称サイズ(2017年[1]時点) | |
| 身長 | 156 cm |
| 活動 | |
| デビュー | 2016年[2] |
| 所属グループ |
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| 活動期間 | 2016年 - |
| 著名な家族 | 頓知気さきな(妹)[4] |
| 受賞歴 | ミスiD2018 サバイバル賞 |
| アイドル: テンプレート - カテゴリ | |
戦慄 かなの(せんりつ かなの、1998年(平成10年)9月8日 - )は、日本の女性アイドル。アイドルグループ・femme fatale、悪魔のキッス、ZOCXのメンバー。NPO法人「bae -ベイ-」代表理事[5]。大阪府出身[6]。
大阪府に生まれ、両親の離婚に伴い小学校入学から東京都に住んでいる。浜松町駅から徒歩30秒程の距離の家で母親と妹と同居することになった[7]。
その後、母親から虐待を受けて育った。両親が喧嘩する理由はたいてい金であった。「お母さんが自分を殴るのはお金がないからであり、お金があれば優しくなる」という期待を持ち、違法に稼いだ金を母の財布にこっそり忍ばせていた[8]。母親は虐待を受けて育っており、母親について後に「虐待してる側って自覚がない。愛情が歪んだ形で出るものだと思います。だから「私はこんなに愛しているのに」っていう気持ちがあるから、加害者意識っていうのはない」と話した[9]。
当時、虐待を受けているという事を発信する場はなかったのか問われると「ないですね。私も虐待されてるっていう自覚がなかったので、「助けて」って言う発想がなかった。(虐待される理由は)自分が悪いからと思って過ごしてたので。」と話した[10]。
中学2年の時に自殺未遂をしている[8]。
小学校・中学校は東京タワーのすぐ近くにある学校に通っていた。その学校は裕福な家庭の子供もおり、モンスターペアレントや見栄を張る成金が多くいたという[11]。
歯磨きや入浴を教わる事が無かったため、不潔が原因でいじめを受けるようになった。彫刻刀を膝に刺され逃げるために3階の美術室の窓から飛び降り、骨折したことがある[12]。
高校はいじめを受け、1年生で中途退学した[8]。この頃は家庭では虐待を受け、学校ではいじめに遭っていた為、歌舞伎町や秋葉原に居た。そこで同じように行く当ての無い者たちのコミュニティに居た[13]。
そして、女子高生を使い100円で大量購入したパンツを出会い系サイトで見つけた男性に対して売らせるJKビジネスに加えて窃盗幇助に関与し、女子少年院へ送致された。そこで1年8か月[14][15]矯正教育を受けた。
当時は社会常識を持っておらず「お金が欲しくて法を犯してしまったけれど、それが違法なのかどうかすら分かっていなかった。一日、一日を生きることで精一杯だった」と話した。少年院は私語は一切禁止、周りは学校に通ったことが無い人も珍しくなく文字の読み書きや靴の履き方など、生活を教える場でもあったという。
その後、少年院の大人たちが自分の話を最後まで聞いてくれたことと、暇を持て余す毎日の中で、5000冊程の読書が価値観を変えた。特に加藤諦三の『自分に気付く心理学』に影響を受けた[8]。
読書を通じて視野が広がり、今まで自身が置かれていた状況の異常性が浮かび上がった。自分の家庭で当たり前のように起こっていたことが、他の家庭では非常識なことだったということに、この時ようやく気付くことができた。
少年院では、20時から21時だけテレビを観る事ができ、多数決で金曜日はミュージックステーションを観ていた。そこでアイドルに勇気づけられ、少年院を出たらアイドルになりたいなとぼんやり思っていた[16]。
高校卒業の資格を取った[17]。
退院後に薬局で事務員として働くが数か月で辞め、ライブアイドル活動を始める[2]。また、母親からの虐待は無くなったが、母親がヒステリックなど精神的に非常に不安定であったため妹と共に家を出た。その後は、年に2~3回会っており、誕生日を祝いに行ったり、正月に帰ったりと母親との関係は距離を保ちつつ続けている[18]。
2017年2月にアイドルグループ・のーぷらん。の一員として芸能活動を始めたが[3]大学受験のため5月に辞め、ミスiD2018の最終面接で少年院時代の話が面白いと審査員に評価されて「サバイバル賞」を受賞する[19]。
戦慄かなのと、かてぃ二人によるユニットグループ[53][54]。
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