新田敞

ウィキペディアから、無料の百科事典
にった ひろし
新田 敞
生年月日 1927年
没年月日 2003年1月4日
出生地 東京都
国籍 日本の旗 日本
職業 編集者
配偶者 新田嘉子(妻)
テンプレートを表示

新田 敞(にった ひろし、1927年 - 2003年1月4日)は新潮社顧問。東京都出身。

経歴

新潮社に入社し1956年の週刊新潮の創刊に携わる。三島由紀夫や山本周五郎、安部公房、有吉佐和子の創作活動を支え厚い信頼を得る。その後出版部長となる。1982年4月に新潮45+を創刊。1988年公開のスタジオジブリ制作の「火垂るの墓」では製作委員会のメンバーとして創業者一族を支える。その後、常務取締役を経て顧問に退く。

2003年1月4日午前6時28分に心不全の為東京都内の自宅で死去(享年75歳)[1]。

出典・参考文献

  • 『現代物故者事典(2003 - 2005)』日外アソシエーツ、2006年3月、460頁。ISBN 978-4-8169-1969-5。 

脚注

  1. ↑ 読売新聞2003年1月8日朝刊39面

外部リンク