昭和九年会

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昭和九年会(しょうわくねんかい)は、昭和9年(1934年)生まれの芸能人による親睦団体。

概要

この年に生まれ、大活躍した芸能人が多かったことから、1976年に愛川欽也・長門裕之が中心となって結成[1][2]。翌年3月には発会式を開催し[3]、入会金9万円・月会費9千円で毎月9日に例会を行っていた[2]。

毎月9日には藤村俊二が経営していたワインバー『O'hyoi's』(おひょいず)で例会が開かれていた。毎年9月9日には、東京都中央区の三越日本橋本店内にある「三越劇場」でイベントを行っている。

9にちなみ、2004年には救急車を東京消防庁日本橋消防署に寄贈している。また昭和9年は戌年のためチャリティ・イベントなどの収益を盲導犬協会に寄付したこともある[4]。

昭和九年会のメンバーおよび元メンバー(誕生順)

2023年12月31日に中村メイコが亡くなり、2026年2月13日現在における存命の元メンバーは天田俊明と筒井康隆の2名のみとなっている。

★は発会式出席者。

補足

1978年にはメンバーが野球チーム『オールナインズ』を引提げ、当時フジテレビが結成した女子プロ野球チーム『ニューヤンキース』と試合をした事があった。背番号は全て「9」、監督は初代引田天功が務め、岩崎宏美が特別参加した(ユニフォームは着ず私服で参加)。試合の模様は、1978年6月24日にフジテレビ系列の『土曜グランドスペシャル』(第1期)内で放送された。

なおメンバーの内、裏番組『クイズダービー』の司会者だった大橋巨泉は参加せず。また森山周一郎は同試合の主審を務めたため『ナインズ』メンバーとしては参加しなかった。

昭和九年会のメンバーが出演するラジオ番組「男・ロマネスク」が東海ラジオ制作で放送されていた。放送期間は1982年10月から1983年3月までの6か月間で、東北放送、アール・エフ・ラジオ日本、毎日放送、九州朝日放送の各局にネット。玉置宏が司会として毎週出演、その他は会のメンバーが数人週替わりで出演していた[8]。

1990年代、2000年代に亡くなったメンバーはいなかった(その後2010年に玉置が逝去)。また発起人となった愛川は2015年、長門は2011年にそれぞれ亡くなっている。

結成時点で既に名を成していても、会に参加しなかった人物は数多く存在する(1934年#誕生を参照)。特に女性は中村メイコ以外参加していない。

脚注

  1. 1 2 3 中村メイコさん 豪華な交友関係 「昭和九年会」で社会貢献 - スポニチアネックス
  2. 1 2 3 4 5 昭和9年会発足エピソード - 紅の豚・刑事コジャック森山周一郎オフィシャルブログ(Amebaブログ)
  3. ↑ 芸能界の一大パワー?昭和九年会発足 - 週刊平凡1977年3月17日号49頁
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 “昭和9年”生まれの芸能人によるチャリティコンサート「昭和九年会」を開催 - 昭和九年会事務局(@Press 2006年9月22日)
  5. ↑ 出生届提出日(実際の生年月日は1933年12月26日)。
  6. 1 2 3 4 5 長門裕之・南田洋子「われらガチョウ夫婦」(学習研究社)202頁
  7. 1 2 「昭和九年会」も多くが鬼籍に 藤村俊二らメンバーがコメント次々 - ZAKZAK
  8. ↑ 月刊ラジオマガジン 1983年1月号「うちんちの自慢番組」p.140、「男・ロマネスク」の記事

外部リンク