昭和地区

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昭和地区
しょうわ
国 日章旗 日本
地方 四国地方
都道府県 徳島県
自治体 徳島市
旧自治体 名東郡斎津村
面積
2.07km²
世帯数
5,124世帯
総人口
9,519人
(住民基本台帳、2025年1月1日)
人口密度
4,598.55人/km²
隣接地区 内町地区・渭東地区・沖洲地区・津田地区・八万地区・東富田地区
徳島市役所昭和コミュニティセンター
北緯34度3分38.5秒 東経134度33分41.74秒 / 北緯34.060694度 東経134.5615944度 / 34.060694; 134.5615944座標: 北緯34度3分38.5秒 東経134度33分41.74秒 / 北緯34.060694度 東経134.5615944度 / 34.060694; 134.5615944
所在地 〒770-0943
徳島県徳島市中昭和町4丁目49番地の1
昭和地区の位置(徳島県内)
昭和地区
昭和地区
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昭和地区(しょうわちく)は、徳島県徳島市の行政上の地区である。昭和・津田地域に属する[1]。

地理

徳島市東部に位置し、都心地域(中心市街地)の南東に接する。

南北を通り東で合流する2本の河川に挟まれた地区で、北の新町川の右岸、南の御座船入江川・園瀬川の左岸にある。西のみ陸続きで、東富田地区と接す。

徳島県庁舎をはじめ、徳島県警察本部、徳島県教育委員会など、県の施設が立ち並んでいる。国道55号・県道120号沿いは商業地、新町川河岸は工業地で、それ以外は閑静な住宅地となっている。

隣接する地区

河川

北部を吉野川の支流である新町川が、南部を園瀬川とその支流である御座船入江川が流れ、地区東端で合流する。

河川解説
新町川吉野川水系の主要河川。
園瀬川吉野川水系の主要河川。
御座船入江川園瀬川の支流。
小通し川新町川・御座船入江川間に小川・水路として残る。

画像

町と人口

人口は徳島市による推計[2](2025年1月)。

町丁丁目人口注記
万代町4~7丁目963全7丁目のうち。
昭和町1~8丁目3,060
中昭和町1~5丁目1,527
南昭和町1~7丁目3,969
計9,519

歴史

江戸時代には、城下町の外に広がる塩田地帯だった。

口伝によると、1620年(元和6年)、蜂須賀家政が北野太郎左衛門に命じて南斎田浦(のちの南斎田浦村、現 南昭和町付近)に塩田を開かせたとあるが、南斎田の塩竈神社(現 昭和町7丁目)の創建が1592年(文禄元年)なので、そのころまでにはなんらかの形での製塩業があったと思われる[3]。

江戸時代の間に塩田は増え、現在の沖洲地区・津田地区・八万地区にも及んだ。しかし1912年ごろから不良塩田が廃止され、1958年6月9日に最後となった斎田製塩工場が閉鎖、翌1959年12月10日には鹹水の製造も廃止し、徳島市の製塩業は終了した[3]。

河川舟運が盛んだった時代には、新町川と園瀬川の間に人工の小通し川が通じていた。現在、新町川の右岸の万代町・昭和町間にある短い支流と、御座船入江川左岸の南昭和町5・7丁目境にある短い支流が、その名残である。

1889年までは名東郡万代新田村(新町川沿い)と南斎田浦村(園瀬川・御座船入江川沿い)の2村があった。1889年の市町村制で、現津田地区の津田浦村・新浜浦村と共に合併し斎津村となった。1926年5月1日、徳島市に新たに編入される最初の市町村となった。

教育機関

学校名住所画像
徳島市富田中学校徳島市中昭和町3丁目77
徳島市昭和小学校徳島市中昭和町5丁目60
徳島市昭和幼稚園徳島市南昭和町6丁目3

交通

道路

施設

ケンチョピア
徳島県立総合福祉センター

= 公共施設

公園

社寺

参考文献

外部リンク