東富田地区

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東富田地区
ひがしとみだ
国 日章旗 日本
地方 四国地方
都道府県 徳島県
自治体 徳島市
旧自治体 名東郡富田浦町
世帯数
3,641世帯
総人口
6,048人
(住民基本台帳、2024年12月1日)
隣接地区 内町地区・昭和地区・八万地区・西富田地区・新町地区
徳島市役所東富田コミュニティセンター
所在地 〒770-0936
徳島県徳島市中央通4丁目18番地
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東富田地区(ひがしとみだちく)は、徳島県徳島市の行政上の地区である。内町・新町・東富田・西富田地域(都心地域)に属する[1]。

地理

徳島市中央部、中心駅徳島駅の南方に位置し、都心地域(中心市街地)南部を占める。

北は新町川を挟んで内町地区に面し、橋で結ばれている。南は御座船入江川上流部だったが、ほとんどは埋め立てられて部分的に水路が残るのみで、道路などで八万地区と接している。ある。西は西富田地区と接し、その境は北部では南北の通りの境になっているが、南部では大きく西へはみ出て、西富田地区の南に入り、眉山山麓の二軒屋町までが含まれる。東では昭和地区と接する。

幹線道路が縦横に走り、その沿線に商業地域が発達している。東縁近くを南北に走る国道55号、西縁近くを南北に走る両国橋通り、北部を新町川に平行に東西に走る県道136号、南西端の二軒屋町を通過する国道438号がそれにあたる。

隣接する地区

地形

ほぼ全域が、標高数メートルの沖積平野である。

町

人口は徳島市による推計[2](2011年6月)。

町丁丁目人口注記
栄町5・6丁目123全6丁目のうち。
鷹匠町5・6丁目154全6丁目のうち。
かちどき橋1~6丁目963
明神町1~6丁目903
富田橋1~8丁目2067
富田浜1~3丁目168
仲之町1~4丁目379
南仲之町1~4丁目284
中央通1~4丁目253
伊月町1~6丁目703
秋田町1~6丁目567
二軒屋町1~3丁目360
西二軒屋町1丁目360全2丁目のうち。西二軒屋町全域を含める資料もある[3]。
南二軒屋町一丁目1番8全3丁目7小字のうち。この地を含めない資料もある[3]。
計7035

歴史

現在の東富田地区と西富田地区は、江戸時代には富田と呼ばれ、武家町が広がっていた。なお、富田に隣接した町屋が、新町(現 新町地区)の富田町である。

東富田では、主に裏掃除町(現 中央通)より北に屋敷があった。北部の富田浜側(現 富田浜)や中ノ丁(現 仲之町)には高禄武士が住んだが、南部は下級武士の屋敷だった。

富田は、明治初期までに名東郡富田浦町となり、1889年の徳島市制施行で徳島市の大字となった。1941年にいくつもの町に分割され、現在とほぼ同じ町割となった。

ただし二軒屋町一帯は他の地域とは異なり、江戸時代には町屋だった。明治初期までに名東郡二軒屋町となり、徳島市制施行で徳島市の大字となった。

交通

鉄道

道路

主な施設

出典

  1. ↑ 徳島市:徳島市都市計画の基本方針(都市計画マスタープラン) - 徳島市開発部都市政策課
  2. ↑ 徳島市:人口・世帯数 Archived 2007年8月19日, at the Wayback Machine. - 徳島市情報推進課
  3. 1 2 河野幸夫『徳島 城と町まちの歴史』1982年 聚海書院