智積院

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智積院
金堂
所在地 京都府京都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964
位置

北緯34度59分17秒 東経135度46分35秒 / 北緯34.98806度 東経135.77639度 / 34.98806; 135.77639座標: 北緯34度59分17秒 東経135度46分35秒 / 北緯34.98806度 東経135.77639度 / 34.98806; 135.77639

智積院の位置(京都市市街内)
智積院
智積院
智積院の位置(京都市内)
智積院
智積院
山号 五百佛山(いおぶさん)
院号 智積院
宗派 真言宗智山派
寺格 総本山
本尊 金剛界大日如来
創建年 慶長6年(1601年)
開山 玄宥
正式名 五百佛山 根来寺 智積院
別称 総本山智積院
札所等 真言宗十八本山第7番
近畿三十六不動尊霊場第20番
京都十三仏霊場第1番
神仏霊場巡拝の道第120番(京都第40番)
文化財 大書院障壁画25面、松に草花図屏風、金剛経(国宝)
絹本著色童子経曼荼羅図、絹本著色孔雀明王像、絹本著色阿弥陀浄土図ほか(重要文化財)
庭園(国の名勝)
公式サイト 真言宗智山派 総本山智積院
法人番号 5130005002189 ウィキデータを編集
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名勝庭園

智積院(ちしゃくいん)は、京都市東山区にある真言宗智山派の総本山の寺院。山号は五百佛山(いおぶさん)。寺号は根来寺(ねごろじ)。本尊は金剛界大日如来。開山は玄宥。智山派の大本山寺院としては、千葉県成田市の成田山新勝寺(成田不動)、神奈川県川崎市の川崎大師平間寺および東京都八王子市の高尾山薬王院がある。寺紋は桔梗紋。

歴史

当院は、もともと紀伊国根来(現・和歌山県岩出市根来)にある大伝法院(現・根来寺)の塔頭であった。大伝法院は真言宗の僧覚鑁が大治5年(1130年)に高野山に創建した寺院だが、教義上の対立から覚鑁は高野山を去り、保延6年(1140年)に大伝法院を根来に移して新義真言宗を打ち立てた。当院は南北朝時代にこの大伝法院の塔頭として、真憲坊長盛という僧が建立したもので根来山内の学問所、学頭寺院であった[1]。

近世に入ると根来寺は豊臣秀吉と対立し、天正13年(1585年)の根来攻めで全山炎上した[1]。当時の根来寺には2,700もの堂舎があったという。当時、塔頭智積院の住職であった玄宥は根来攻めが行われる前に弟子たちを引き連れて寺を脱出し、高野山に逃れた。その後、玄宥は新義真言宗の法灯を守るために智積院の再興を志したが、念願がかなわないまま十数年が過ぎた。

関ヶ原の戦いで徳川家康方が勝利した翌年の慶長6年(1601年)、家康は東山の豊国社(豊臣秀吉が死後「豊国大明神」として祀られた神社)の付属寺院の土地建物を玄宥に与えた。これにより、智積院はようやく復興を遂げた。

3代目住職日誉の代、慶長20年(1615年)に豊臣氏が滅ぼされると、江戸幕府から隣接地にあった豊臣家ゆかりの禅寺・祥雲寺を与えられて吸収合併し、さらに規模を拡大させ、山号を現在も根来に名を残す山の五百佛山、復興後の智積院の寺号を根来寺とした[1]。祥雲寺は、豊臣秀吉が3歳で死去した愛児鶴松(棄丸)の菩提を弔う為、天正19年(1591年)、妙心寺の僧・南化玄興を開山に招いて建立した寺であった。現在、智積院の所蔵で国宝に指定されている長谷川等伯一派の障壁画は、この祥雲寺の客殿に飾られていたものである。この客殿は天和2年(1682年)7月の火災で全焼しているが、障壁画は大部分が助け出され、現存している。現存の障壁画の一部に不自然な継ぎ目があるのは、火災から救出されて残った画面を継ぎ合わせた為と推定されている。

金堂は元禄14年(1701年)3月、第10世専戒僧正が発願し、桂昌院(徳川綱吉母)より与えられた金千両を基にし、学侶からの寄付金を資金として宝永2年(1705年)春に建立された。しかし、1882年(明治15年)に火災により焼失した。1947年(昭和22年)には講堂が火災にあい、当時国宝に指定されていた宸殿の障壁画のうち16面が焼失している。

1869年(明治2年)10月14日、院内南側にあった山内家(土佐藩)の煙硝倉庫が爆発。京都市中に砲声のような爆発音が響いた[2]。

金堂は1975年(昭和50年)に再建され[1]、次いで講堂も1995年(平成7年)に再建された。その際、講堂再建に先だって1992年(平成4年)に発掘調査を実施したところ、その結果講堂の跡地の下から祥雲寺客殿の遺構が検出され、日本でも最大規模の壮大な客殿建築であったことが改めて裏付けられた。

1970年(昭和45年)1月3日、隣接する京都市立芸術大学南校舎から出火した際には、智積院宝物殿(当時)に飛び火して大屋根を焦がしている[3]。

境内

  • 金堂 - 1975年(昭和50年)再建[1]。鉄筋コンクリート造、入母屋造、瓦葺。本尊は金剛界大日如来。地下には胎蔵界大日如来が祀られている。
  • あじさい園
  • 光明殿 - 納骨堂。
  • 明王殿(不動堂) - もとは江戸時代建立の大雲院本堂。太平洋戦争後に大雲院より譲られて現在講堂がある場所に移築されるが、講堂が再建されることになり、1992年(平成4年)に現在地に移される。祀られている不動明王は「麦つき不動」と呼ばれている。
  • 鐘楼堂 - 梵鐘は「智専の鐘」と呼ばれる。1998年(平成10年)に旧宗立智山専門学校同窓生が作る智専会によって鐘と共に寄進されたもの。
  • 大師堂(京都府指定有形文化財) - 寛政元年(1789年)再建。弘法大師空海を祀る。
  • 鐘楼(京都府指定有形文化財) - 豊国社の末寺から移築したもの。寛文7年(1667年)建立。梵鐘は元和2年(1616年)の鋳造。
  • 運敞蔵 - 延宝元年(1673年)第7世化主・運敞僧正により建立。運敞の著作などを収蔵している。
  • 愛宕大権現
  • 天満宮
  • 白山大権現
  • 藤森天王社
  • 密厳堂(開山堂、京都府指定有形文化財) - 寛文7年(1667年)建立。新義真言宗の祖・興教大師覚鑁を祀る。扁額「密厳堂」は運敞僧正筆。
  • 興教大師覚鑁像
  • 求聞持堂(護摩堂) - 文殊堂とも呼ばれる。嘉永4年(1851年)建立。
  • 第三行堂 - 学寮の遺構。
  • 三社壇 - 寛文7年(1667年)勧請。
    • 三部権現社(京都府指定有形文化財) - 三部権現は智積院の総鎮守。根来寺大伝法院以来相承の守護神である。
    • 春日大明神社(京都府指定有形文化財)
    • 九社明神社(京都府指定有形文化財)
  • 拝殿(京都府指定有形文化財)
  • 第一行堂
  • 第二行堂
  • 玄宥僧正像
  • 旧収蔵庫
  • 唐門
  • 講堂 - 1995年(平成7年)10月再建。2008年(平成20年)秋に「日本の春夏秋冬」を題材にした田淵俊夫の襖絵(墨絵)60点が奉納された[4]。以前の建物は東福門院の旧殿・対屋をもとに貞享元年(1684年)に再建された建物だったが、1947年(昭和22年)に焼失した。もともとこの地には禅寺・祥雲寺があり客殿も残っていたが、天和2年(1682年)7月の火災で焼失し、長谷川等伯一門が作成した障壁画だけが残された。
  • 大書院
  • 庭園(国の名勝) - 池泉鑑賞式庭園。庭園は千利休好みといわれ、国の名勝に指定されている。中国の廬山を模して造られていて[1]、石橋より奥は禅寺・祥雲寺の時代に造られたもので、滝の落ちる正面は江戸時代に修築されたものとされる[4]。山は「廬山」を、池は「長江」をモデルにしている。そのため、池の底に粘土を敷き詰めて意図的に長江のように濁った水を再現している。東山随一の庭と呼ばれている。
  • 宸殿 - 1958年(昭和33年)建立。堂本印象の障壁画などがある。
  • 奥書院
  • 枯山水庭園
  • 法務所(本坊)
  • 大玄関
  • 北門
  • 僧坊
  • 学侶墓地
  • 宗務庁 - 1926年(大正15年)建立。旧京都市立芸術大学校舎。
  • 専修学院
  • 智山書庫
  • 宝物館 - 2023年(令和5年)春に開館。長谷川等伯一門による国宝の障壁画などを展示している[1]。
  • 智積院会館 - 宿坊。2020年(令和2年)9月1日再築。以前の会館は1966年(昭和41年)に建てられたものであったが、老朽化のために取り壊された。
  • 冠木門 - 1984年(昭和59年)3月1日、智積院檀徒より寄進。
  • 総門 - 東福門院の旧殿の門を移築。

文化財

桜楓図のうち楓図 長谷川等伯筆
松に草花図(二曲屏風一双のうち右隻)
桜楓図のうち桜図 長谷川久蔵筆
大書院にある複製障壁画(桜楓図のうち桜図)

国宝

  • 大書院障壁画 25面 長谷川等伯・久蔵父子の作。正式の国宝指定名称は以下の通り。「桜楓図」のうちの「桜図」が等伯の子で26歳で没した久蔵の遺作とされている。
    • 紙本金地著色松に草花図 床(とこ)貼付4、壁貼付2
    • 紙本金地著色桜楓図 壁貼付9、襖貼付2 
    • 紙本金地著色松に梅図 襖貼付4
    • 紙本金地著色松に黄蜀葵及び菊図 床(とこ)貼付4
    • 附:違棚貼付、袋棚小襖等 26面
  • 紙本金地著色松に草花図 二曲屏風一双 屏風装になっているが、「大書院障壁画」と一連のものである。 
  • 金剛経 南宋時代の書家・張即之の筆。

重要文化財

  • 絹本著色童子経曼荼羅図
  • 絹本著色孔雀明王像
  • 絹本墨画滝図
  • 紙本金地著色松に梅図 二曲屏風一隻
  • 増壱阿含経 巻第廿九

国の名勝

  • 智積院庭園

京都府指定有形文化財

  • 大師堂
  • 密厳堂
  • 三神社本殿 3棟
  • 三神社拝殿
  • 鐘楼
  • 絹本著色興教大師像 

焼失した文化財

  • 柳及び芦図(床間・違棚壁貼付)6面、枇杷図(襖)4面(宸殿東の間)
  • 竹図(襖)4面、檜及び柏図(壁貼付)2面(宸殿西の間)

以上2件(16面)は旧国宝指定物件であったが1947年5月17日に焼失した[5]。

その他

  • 堂本印象が描いた宸殿襖絵が数点(未指定)ある。

歴代化主(智積院住職)

世代能化名出身地生没年月日寂年/現年齢
1玄宥下野皆川享禄2年(1529年) - 慶長10年(1605年)10月4日77歳寂
2祐宜下野西方天文5年(1536年) - 慶長17年(1612年)11月11日77歳寂
3日誉武蔵国弘治2年(1556年) - 寛永17年(1640年)11月20日85歳寂
4元寿下野国天正3年(1575年) - 慶安1年(1648年)1月13日74歳寂
5隆長越後国天正14年(1586年)11月23日 - 明暦2年(1656年)10月9日71歳寂
6宥貞上野国勢多郡文禄1年(1592年) - 寛文4年(1664年)5月6日73歳寂
7運敞摂津大阪慶長19年(1614年)10月19日 - 元禄6年(1693年)9月10日80歳寂
8信盛筑前国元和6年(1620年) - 元禄6年(1693年)1月8日74歳寂
9宥鑁甲斐国八代郡寛永1年(1624年) - 元禄15年(1702年)7月19日79歳寂
10専戒関西?寛永17年(1640年) - 宝永7年(1710年)6月24日71歳寂
11覚眼薩摩国寛永20年(1643年) - 享保10年(1725年)11月8日83歳寂
12義山伊予宇和島正保3年(1646年) - 享保7年(1722年)7月4日77歳寂
13快存薩摩国正保4年(1647年)3月21日 - 享保9年(1724年)8月29日78歳寂
14智興山城京寛文1年(1661年) - 享保13年(1728年)6月18日68歳寂
15亮範越前国寛文10年(1670年)8月2日 - 元文4年(1739年)9月27日70歳寂
16鑁浄大和国?(?)? - 延享14年(1744年)4月24日?
17龍天常陸真壁延宝5年(1677年)9月21日 - 明和4年(1767年)2月6日91歳寂
18快侃山城国天和2年(1682年) - 宝暦6年(1756年)2月13日75歳寂
19覚遠山城国元禄4年(1691年) - 明和8年(1771年)4月14日81歳寂
20浄空下野国元禄6年(1693年)10月10日 - 安永4年(1775年)10月28日83歳寂
21等空紀伊国?(?)? - 安永6年(1777年)6月1日?
22動潮武蔵国宝永6年(1709年) - 寛政7年(1795年)12月7日87歳寂
23鑁啓陸奥国享保3年(1718年) - 寛政6年(1794年)12月3日77歳寂
24胎通陸奥国享保5年(1720年) - 寛政10年(1798年)2月24日79歳寂
25慈順武蔵国享保20年(1735年) - 文化13年(1816年)9月19日82歳寂
26浄光安房国享保14年(1729年) - 享和3年(1803年)9月15日75歳寂
27英範近江国享保15年(1730年) - 文化1年(1804年)8月15日75歳寂
28謙順武蔵国元文5年(1740年) - 文化9年(1812年)9月16日73歳寂
29観豪紀伊岩手延享4年(1747年) - 文化10年(1813年)6月24日67歳寂
30弘基越後国古志郡宝暦2年(1752年) - 文政5年(1822年)12月6日71歳寂
31亮海下総太田寛延3年(1750年) - 文政11年(1828年)3月14日76歳寂
32海応佐渡国羽茂郡明和6年(1769年) - 天保4年(1833年)11月29日63歳寂
33隆瑜安房国安房郡安永2年(1773年) - 嘉永3年(1850年)4月3日78歳寂
34禅宅武蔵国足立郡天明5年(1785年) - 嘉永4年(1851年)2月16日67歳寂
35先晋武蔵国安永1年(1772年) - 弘化4年(1847年)12月17日76歳寂
36範恵山城国天明8年(1788年) - 嘉永3年(1850年)4月1日63歳寂
37信海三河国天明3年(1783年) - 安政3年(1856年)2月22日74歳寂
38頼如安房国安房郡享和1年(1801年) - 文久2年(1862年)8月24日62歳寂
39隆栄安房国安房郡文化6年(1809年) - 慶応3年(1867年)7月17日59歳寂
40丹藤弘現新潟県文政1年(1818年) - 1878年(明治11年)12月1日61歳寂
41佐々木義範新潟県天保1年(1830年) - 1878年(明治11年)9月10日49歳寂
42松平実因愛知県文政3年(1820年) - 1889年(明治22年)11月30日70歳寂
43金剛宥性千葉県文政4年(1821年) - 1895年(明治28年)1月13日75歳寂
44佐伯隆基福島県天保2年(1831年)11月16日 - 1897年(明治30年)10月3日67歳寂
45船岡芳勝新潟県天保11年(1840年)1月20日 - 1896年(明治29年)11月5日57歳寂
46三神快運新潟県天保7年(1836年)8月13日 - 1905年(明治38年)5月7日70歳寂
47瑜伽教如新潟県弘化4年(1847年)7月12日 - 1928年(昭和3年)12月20日82歳寂
48伊藤宗盛山形県弘化1年(1844年)4月15日 - 1919年(大正8年)12月16日76歳寂
49大江存良京都府嘉永5年(1852年) - 1928年(昭和3年)5月5日77歳寂
50武藤範秀京都府慶応2年(1866年)7月12日 - 1942年(昭和17年)3月18日77歳寂
51滝 承天愛知県嘉永6年(1853年)10月8日 - 1941年(昭和16年)9月11日89歳寂
52青木栄豊千葉県安政4年(1857年)12月20日 - 1936年(昭和11年)10月8日80歳寂
53旭 純栄茨城県元治1年(1864年)7月16日 - 1948年(昭和23年)3月31日84歳寂
54斎藤隆現石川県明治1年(1868年)7月27日 - 1947年(昭和22年)9月17日79歳寂
55高井観海和歌山県1885年(明治18年)7月1日 - 1953年(昭和28年)1月9日67歳寂
56御嶽隆道福井県1885年(明治18年)8月19日 - 1959年(昭和34年)1月4日73歳寂
57倉持秀峰埼玉県1891年(明治24年)8月14日 - 1972年(昭和47年)3月2日80歳寂
58松平実亮愛知県1883年(明治16年)10月24日 - 1967年(昭和42年)10月4日83歳寂
59秋山祐雅東京都1895年(明治28年)9月25日 - 1989年(平成1年)9月23日93歳寂
60那須政隆愛知県1894年(明治27年)8月15日 - 1987年(昭和62年)5月31日92歳寂
61竹村教智福島県1896年(明治29年)9月10日 - 1990年(平成2年)4月26日93歳寂
62芙蓉良順愛知県1900年(明治33年)12月13日 - 1983年(昭和58年)8月17日82歳寂
63上野頼栄福島県1906年(明治39年)5月12日 - 1993年(平成5年)11月6日87歳寂
64小峰順誉東京都1900年(明治33年)2月4日 - 1990年(平成2年)9月24日90歳寂
65藤井龍心大阪府1903年(明治36年)7月21日 - 1998年(平成10年)4月13日94歳寂
66高井隆秀滋賀県1916年(大正5年)3月31日 - 1999年(平成11年)5月18日83歳寂
67近藤隆敬東京都1912年(明治45年)1月21日 - 2001年(平成13年)2月9日89歳寂
68宮坂宥勝長野県1921年(大正10年)5月20日 - 2011年(平成23年)1月11日89歳寂
69阿部龍文東京都1924年(大正13年)4月5日 - 2017年(平成29年)1月31日92歳寂
70寺田信秀千葉県1919年(大正8年)11月22日 - 2023年(令和5年)1月3日103歳寂
71小峰一允東京都1933年(昭和8年)7月1日 - 2024年(令和6年)6月3日90歳寂
72布施浄慧埼玉県1934年(昭和9年)3月25日 -92歳
73吉田宏晢埼玉県1935年(昭和10年)2月25日 -91歳

前後の札所

真言宗十八本山
6 仁和寺 - 7 智積院 - 8 泉涌寺
近畿三十六不動尊霊場
19 青蓮院 - 20 智積院 - 21 中山寺
京都十三仏霊場
1 智積院 - 2 清凉寺
神仏霊場巡拝の道
119 妙法院 - 120 智積院 - 121 泉涌寺

拝観

金堂や明王殿などは無料で拝観でき、中に入ることもできる。大師堂や密厳堂も無料で参拝できる。収蔵庫、講堂、大書院、名勝庭園は有料拝観となる。宸殿はまれにある特別公開時以外の拝観はできない。参拝者の駐車は無料である。

所在地

  • 京都府京都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964

アクセス

周辺情報

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 智積院.京都観光Navi、2026年4月22日閲覧。
  2. ↑ 池田正一郎『日本災変通志』新人物往来社、2004年12月15日、723頁。ISBN 4-404-03190-4。
  3. ↑ 「京都市立芸大焼く 智積院の大屋根こがす」『中國新聞』昭和45年1月4日 15面
  4. 1 2 智積寺 拝観パンフレット
  5. ↑ “智積院年表|真言宗智山派 総本山智積院”. 真言宗智山派 総本山智積院. 2025年10月18日閲覧。

関連項目

外部リンク