朝宏王

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朝宏王
久邇宮家
続柄

全名 朝宏(あさひろ)
身位 王→皇籍離脱
敬称 殿下→皇籍離脱
お印 弓[1]
出生 (1944-10-07) 1944年10月7日(82歳)
配偶者 久邇澄子
子女 女子二人
父親 久邇宮朝融王
母親 朝融王妃知子女王
役職 日立製作所勤務
学習院桜友会初等科桜友会会長
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朝宏王(あさひろおう、1944年〈昭和19年〉10月7日 - )のち久邇 朝宏 は、日本の旧皇族、第125代天皇・明仁(上皇)の従弟にあたる。


朝宏は、3歳の時に皇籍を離脱した。自身が旧宮家の皇族であった事実については、小学生になるまで認知していなかったと回想している。[2]

母、知子女王を早くに亡くしたため、当時の詳細な記憶や対話は乏しい。父からも皇籍離脱前後の事情を聞かされることはなかった。戦後、西落合の自宅には皇籍離脱後も5人ほどのお手伝いがいたとされるが、家庭内ではそうした過去や旧宮家時代の話題は家族から直接語られることはなかったという。[3]

発言

皇位継承問題において、旧宮家の男系男子を養子として皇籍復帰させる構想案について、旧宮家からの養子を「強制があってはならず、本人の意思を尊重する制度にしてほしい」と述べている。また「皇室が続くのなら、女性天皇でもよい」との考えを示した。[4]

脚注

  1. ↑ “【ボンボニエールの物語vol.48】続・皇族 お印の物語”. TSUGUMI JAPAN&CULTURE 日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト (2021年7月14日). 2022年12月13日閲覧。
  2. ↑ “「そんな立場だったの?」旧宮家の男性語る皇籍離脱後の生活 “男系男子養子”には「教育のやり直しを」皇室典範改正議論 | TBS NEWS DIG (3ページ)”. TBS NEWS DIG (2026年6月21日). 2026年10月12日閲覧。
  3. ↑ 朝宏, 久邇 (2026年6月9日). “養子案、旧宮家の本音を明かしましょう | 久邇 朝宏”. 文藝春秋PLUS. 2026年10月12日閲覧。
  4. ↑ 社会部, 時事通信 (2026年7月1日). “旧宮家養子「現実味乏しい」 3歳で皇籍離脱、久邇朝宏さん:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2026年10月12日閲覧。