| 東 隆 あずま たかし | |
|---|---|
| 生年月日 | 1902年3月8日 |
| 出生地 |
|
| 没年月日 | 1964年7月18日(62歳没) |
| 出身校 | 北海道帝国大学農学部農業経済学科卒業 |
| 所属政党 |
(日本協同党→) (協同民主党→) (国民協同党→) (農民新党→) (農民協同党→) (右派社会党→) (日本社会党→) 民主社会党 |
| 称号 |
従四位 勲二等瑞宝章 |
| 選挙区 | 北海道第1区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1946年 - 1947年 |
| 選挙区 | 北海道選挙区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 1950年 - 1962年 |
東 隆(あずま たかし、1902年(明治35年)3月8日[1] - 1964年(昭和39年)7月18日[2])は、日本の農協運動家、政治家。衆議院議員、参議院議員。
北海道上川郡東旭川村下兵村(現旭川市)で大分県から入植した屯田兵・東晋吾の三男として生まれる[1][3]。旭川中学校を卒業し農業を継いだが、その後、勉学の道に進み北海道帝国大学予科に入学[1]。1926年、同大学農学部農業経済学科を卒業[2]。北海道庁技手に任官し、以後、農林主事、経済更生主任官、金融主任官、産業組合主任官、北海道農会幹事、同農業会専務理事、日本輸出農産物会社理事、同札幌支店長、肥料配給公団札幌支部長、北海道農業復興会議副議長などを務めた[1][2]。
1946年4月、第22回衆議院議員総選挙に北海道第一区から日本協同党所属で出馬して当選し衆議院議員を一期務め、国民協同党政策調査会副会長となった[2]。1949年、札幌桑園生活協同組合長に就任[1]。その後、二度の落選を経て参議院選挙に転じ[4]、1950年6月、第2回参議院議員通常選挙で北海道選挙区おいて農民協同党所属で出馬し当選[5]。第4回通常選挙でも当選し、参議院議員を二期務めた[5]。この間、日本社会党右派、統一社会党、民主社会党に所属[5]。参議院決算委員長を務めた[5]。
読書家として知られ、約三万冊の蔵書は死後に母校の北海道大学附属図書館に寄贈され、「東文庫」として所蔵されている[4]。
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代 奥むめお |
1953年 - 1954年 |
次代 小林亦治 |
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IPFS未登録
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