松岡亮輔

ウィキペディアから、無料の百科事典
松岡 亮輔
名前
愛称 リョウスケ
カタカナ マツオカ リョウスケ
ラテン文字 MATSUOKA Ryosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-10-23) 1984年10月23日(39歳)
出身地 兵庫県西宮市[1]
身長 173cm
体重 67kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
2000-2002 日本の旗 セレッソ大阪
2003-2006 日本の旗 阪南大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2007-2011 日本の旗 ヴィッセル神戸 102 (4)
2012-2013 日本の旗 ジュビロ磐田 6 (0)
2014-2018 日本の旗 モンテディオ山形 92 (3)
2019-2020 日本の旗 藤枝MYFC 58 (0)
通算 258 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

松岡 亮輔(まつおか りょうすけ、1984年10月23日 - )は、兵庫県出身の元サッカー選手(ミッドフィールダー)。

略歴・人物

阪南大時代には3年連続で関西学生選抜に選出、関西学生リーグ4年間の最多出場賞も獲得した。

2007年にヴィッセル神戸に入団。2008年にボランチの一角としてレギュラーポジションを獲得。その後2011年までプレーした。

2012年シーズンよりジュビロ磐田へ完全移籍。磐田では控えになる事が多かった。2013年10月27日の清水エスパルス戦ではスタメンに入り、無人になったゴールへのシュートを2度守り、J1残留争いをしていたチームに貢献した。チームはその後J2へ降格してしまったが、その年の『やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜』の企画「やべっちFCアウォーズ」の守備賞で清水戦での守備がノミネートされた。

2013年12月14日、出場機会を求めモンテディオ山形へ完全移籍[2]。2014年のJ1昇格にレギュラーとして貢献するが、2015年は攻撃力に秀でたアルセウとポジションを争い、1年間レギュラーとして出場することは出来なかった。

2018年11月15日、モンテディオ山形は契約期間の満了と来季に向けた契約更新を行わないことを発表[3]。 同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[4]。

2019年1月、藤枝MYFC加入が発表された。

2020年12月7日、現役引退が発表された[5]。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007神戸26J100000000
20082806020360
20092915020361
201082315000281
20112222021263
2012磐田2610210031
201350101070
2014山形7J2341-30371
2015J11602100181
2016J2272-32304
2017120-10130
201830-2050
2019藤枝30J3340--340
2020240--240
通算日本J1 1244232711547
日本J2 763-92855
日本J3 580--580
総通算 258723216329712

その他の公式戦

脚注

  1. ↑ 選手プロフィール ヴィッセル神戸
  2. ↑ “松岡亮輔選手 ジュビロ磐田より完全移籍加入のお知らせ”. モンテディオ山形 (2013年12月14日). 2013年12月14日閲覧。
  3. ↑ “松岡亮輔選手 契約満了のお知らせ”. モンテディオ山形 (2018年11月15日). 2022年12月3日閲覧。
  4. ↑ “2018 JPFAトライアウト”. sportsnavi (2018年12月12日). 2022年12月3日閲覧。
  5. ↑ “松岡亮輔選手 現役引退のお知らせ”. 藤枝MYFC (2020年12月7日). 2021年1月8日閲覧。

関連項目

外部リンク