松崎静馬

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松崎 静馬(まつざき しずま、生没年不詳)は壬生浪士組、及び新選組の隊士である。松崎野馬と記された文献もある。

文久三年6月以降の入隊で[1]、同年の八月十八日の政変に参加。以後、文献には現れず、池田屋事件の時点では確実に在隊していない[1]。

消息

永倉新八が建てた板橋の石碑の中で「変死・病死」に列記されている為、在隊中に何らかの理由で死亡したと考えられる。

一説には、松山幾之助と同一人物ともいわれている。この説が真実である場合、御蔵伊勢武、荒木田左馬之助らが刺殺された直後だと考えられる。

脚注

  1. 1 2 前田政記「350 松崎静馬」『新選組全隊士徹底ガイド 424人のプロフィール』河出書房新社〈河出文庫〉、2004年1月7日、181頁。ISBN 978-4-309-40708-1。