松巨島
| 松巨島 | |
|---|---|
| 所在地 |
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| 所在海域 | 伊勢湾 |
| 座標 | 北緯35度6分22秒 東経136度56分4秒 / 北緯35.10611度 東経136.93444度座標: 北緯35度6分22秒 東経136度56分4秒 / 北緯35.10611度 東経136.93444度 |
| 最高標高 | 10 m |
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松巨島(まつこじま)は、かつて愛知県名古屋市南区の笠寺台地(現在の名鉄名古屋本線「桜駅」周辺)に存在したとされる島[1][2]。松炬島[3][4][5][6][7][8][9]とも。ただし中世までの史料では「松巨」とは熱田神宮周辺を指しており、「松巨島」は江戸期以降の創作であるとする説もある[10]。
概要

周囲を年魚市潟に囲まれた南北3km、東西1.5km、標高10m程の島[11][12]。現在でいうと北は新瑞橋駅南側・南は星崎・東は呼続・西は鶴里駅東側あたりにでくさび形の形状であった。天白川方面には松が生い茂り、熱田神宮方面から眺めると『松がある大きな島』と見えた事から、松巨島と呼ばれるようになった[13]。また、水害において松巨島があったあたりは伊勢湾台風時、東海豪雨時にも水没しなかった[14]。
江戸時代に東海道が主流になるまでは、熱田神宮への鎌倉街道の陸路(上の道)は緑区古鳴海より天白区野並から島田方面へ瑞穂区井戸田と続いていたのに対して、海路は、古鳴海(当時は神戸とも呼称し野並村と古鳴海郷の間にあった湾。現在の野並三丁目と古鳴海の境にある藤川あたり)より、満潮時は舟、干潮時は徒歩で、松巨島の鳥栖八剱社へ渡る(中の道)と、緑区鳴海より笠寺観音に渡る(下の道)があった。白豪寺より再び舟で熱田へと渡っていた[15]。
※ 船着場は『神戸』と呼称する事が多い[16]。
歴史
伝説
戦国時代
江戸時代
現代
松巨島の主な城や寺社
城
寺社
交通
鉄道
道路
関連項目
参考文献
書籍
- 服部哲也・木村有作『なごやの古代遺跡を歩く』(2008年)風媒社 ISBN 9784833101356
- 水野誠志朗『若き信長の知られざる半生』(2022年)
出典
脚注
- ↑ “名古屋の鎌倉古道・歴史紀行9”. 2023年1月27日閲覧。
- ↑ “尾張古図と浪越伝説”. 2023年12月23日閲覧。
- ↑ 『尾張名所松炬島』岩波書店。
- ↑ 尾崎卓男『平安鎌倉古道』、255頁。
- ↑ 『天白区の歴史』愛知県郷土資料刊行会、1983年12月。
- ↑ 『名古屋市史 地理編』名古屋市役所。
- ↑ 『日本歴史地名大系 第23巻』平凡社。
- ↑ “松姤社”. 名古屋神社ガイド (2018年5月26日). 2023年12月23日閲覧。
- ↑ “【S-AC015】星宮社”. www.his-trip.info. 2023年12月23日閲覧。
- ↑ 名古屋郷土文化会 1986, pp. 1–4.
- ↑ “年魚市潟と松巨島”. 2023年1月27日閲覧。
- ↑ “名古屋の旧街道を巡り”. 2023年1月27日閲覧。
- ↑ “いにしえの松巨島”. 2023年1月28日閲覧。
- ↑ “東海地方の製塩史”. 2023年1月27日閲覧。
- ↑ “きまぐれびと松巨島”. 2023年1月28日閲覧。
- ↑ “過去から学ぶ防災マップ”. 名古屋市. 2023年1月28日閲覧。
- ↑ “羅山林先生文集”. 国立国会図書館. 2.23.1.29閲覧。
- ↑ “神皇正統記”. 国立国会図書館. 2023年12月9日閲覧。
- ↑ “長楽寺パンフレット”. 2023年1月29日閲覧。
- ↑ “笠覆寺/勧進帳と縁起”. 2023年1月27日閲覧。
- ↑ “鎌倉街道の合戦と街道”. 2023年1月28日閲覧。
- ↑ 久野園吉『松巨嶋』1972年。
- ↑ “【地誌】尾張徇行記”. 愛知県図書館. 2023年1月27日閲覧。