松田慎司

ウィキペディアから、無料の百科事典
松田 慎司
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県西宮市
生年月日 (1967-12-17) 1967年12月17日(56歳)
身長
体重
170 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1992年 ドラフト2位
初出場 1993年4月13日
最終出場 2003年4月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

松田 慎司(まつだ しんじ、1967年12月17日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(投手)。現在は東京ヤクルトスワローズのスカウト[1]。

現役時代は、主にワンポイントなどのショートリリーフとして活躍した。

経歴

プロ入り前

報徳学園では、エース、四番打者として活躍。1985年春の第57回選抜に出場。弘前工、横浜高を破り準々決勝に進むが、帝京高の小林昭則に抑えられ、敗退。同年夏の兵庫大会決勝に進み、東洋大姫路高の豊田次郎と投げ合うが惜敗、甲子園出場を逸する。卒業後は西濃運輸に入社。都市対抗の常連として活躍する。

1992年度ドラフト会議にて日本ハムファイターズから2位指名(鶴田泰を抽選で外し再指名)を受け、入団。

プロ入り後

1993年から一軍に上がる。主に中継ぎとして起用されるが、同年6月には初完投勝利も経験。

1996年、安田秀之・下柳剛との交換トレードで武田一浩とともに福岡ダイエーホークスへ移籍した。

1997年シーズンオフに戦力外通告を受けた。

1998年、ヤクルトスワローズへテスト入団。34試合に登板し、貴重な左の中継ぎとして復活した。

2001年には48試合に登板し、チームの優勝・日本一に貢献。しかし同年を境に登板数が減少。

2003年にはイースタン・リーグで56試合に登板し、リーグ新記録を作ったがその年のシーズン限りで現役を引退。

引退後

2007年、スカウトに就任[2]。関西地区担当時代は山田哲人らを担当し[3]、九州地区担当時代は村上宗隆を担当[2]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1993 日本ハム 255100230--.40025459.06162303342037304.581.42
1994 261000000------14430.24051501142024226.461.79
1995 170000200--1.0004711.1100500930443.181.32
1996 ダイエー 30000000------152.1612001005519.293.43
1997 10000000------40.2200000001113.53.00
1998 ヤクルト 340000020--.00018841.14022214282121194.141.50
1999 50000000------204.241300300335.791.50
2000 170000000------7718.2175712121012125.791.29
2001 480000201--1.00017742.03222212331116153.211.29
2002 170000020--.0006815.1150610900642.351.37
2003 10000000------122.0412000004418.003.00
通算:11年 1946100671--.4621006228.0231231074121431121331194.701.48

記録

背番号

  • 33(1993年 - 1995年)
  • 22(1996年 - 1997年)
  • 49(1998年 - 2003年)

脚注

  1. ↑ 週刊ベースボール2014年3月24日号 P21
  2. 1 2 「【ヤクルト】松田スカウトが新人王・村上を祝福「ムネ、新人王おめでとう」」『スポーツ報知』2019年11月27日。2024年5月18日閲覧。
  3. ↑ 「【選手発掘22年 スカウト小田義人備忘録】ヤクルト・ドラ1寺島に助言 直球にさらなる磨きを」『ZAKZAK』2016年12月11日。2024年5月18日閲覧。

関連項目

外部リンク