梅本純正

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梅本 純正(うめもと よしまさ、1919年〈大正8年〉5月27日[1] - 2015年〈平成27年〉12月28日)は、日本の厚生官僚・実業家。

社会保険庁長官、厚生事務次官、環境事務次官、内閣官房副長官、武田薬品工業社長などを務めた。

経歴

大阪府大阪市出身[1]。浪速高等学校を卒業[2]。1942年7月、高等試験行政科試験に合格[1][2]。同年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業[1]。厚生省に入省し、生活局属となる[2]。

以後、児童局企画課長、内閣官房総務課長(首席参事官)、援護局長、大臣官房長、保険局長、社会保険庁長官、厚生事務次官などを歴任[1]。1971年7月、初代環境事務次官に就任し1973年7月まで在任[3]。

退官後、老人福祉開発センター理事長、武田薬品工業顧問を務めた[1]。1976年、三木内閣の内閣官房副長官(事務担当)を務めた[4]。

以後、武田薬品工業専務、同社長、同会長、関西経済同友会代表幹事などを歴任した[1]。

2015年12月28日、東京都世田谷区の自宅で死去した。享年96[5]。

親族

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 『新訂 現代日本人名録98』1、971-972頁。
  2. 1 2 3 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』346頁。
  3. ↑ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』474頁。
  4. ↑ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』468頁。
  5. ↑ 元内閣官房副長官の梅本純正さん死去 朝日新聞デシタル※2016年1月6日閲覧。

参考文献

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 『新訂 現代日本人名録98』1、日外アソシエーツ、1998年。
先代
熊崎正夫
厚生事務次官
1971年 - 1972年
次代
坂元貞一郎
先代
高橋壽常
関西経済同友会代表幹事
1986年度 - 1987年度
次代
巽外夫