横地由松

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横地 由松
基本情報
出身地 日本の旗 日本 愛知県名古屋市千種区
生年月日 1939年5月2日
没年月日 (2007-07-27) 2007年7月27日(68歳没)
身長
体重
178 cm
65 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1958年
初出場 1958年
最終出場 1964年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

横地 由松(よこち よしまつ、1939年5月2日 - 2007年7月27日)は、愛知県出身のプロ野球選手。

来歴・人物

愛知県立愛知商業高等学校では、1957年の春の選抜に遊撃手、四番打者として出場。1回戦で高松商の石川陽造らに抑えられ完封を喫する[1]。高校の1年下に控え投手の水谷伸久がおり、この試合でリリーフ登板している。

1958年に中日ドラゴンズに入団。

1959年には一軍に定着、井上登の控えながら二塁手として26試合に先発出場。

1960年にも内野のユーティリティプレイヤーとして45試合に先発を果たす。しかし打撃面で伸びず、同年オフに伊奈努と共に西尾慈高、星山晋徳とのトレードで阪神タイガースに移籍。

1961年は、二塁手、遊撃手として57試合に出場(うち28試合に先発)する。しかし当時の阪神の二遊間は鎌田実、吉田義男という鉄壁の布陣だったため、レギュラーには届かなかった。1961年9月には三塁手の三宅秀史が練習時の事故で戦列を離脱、その後継として安藤統夫とともに起用された。同年の東映フライヤーズとの日本シリーズでは6試合に出場、うち3試合に三塁手として先発するが無安打に終わる。

1964年限りで退団した。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1958 中日 7760000000000010010.000.143.000.143
1959 641211159238103343020400303.200.227.287.514
1960 84167156152841240153041501313.179.210.256.466
1961 阪神 5797937216002760110300251.226.250.290.540
1962 1212101210030001010020.200.273.300.573
1963 27332943001610210300120.103.188.207.394
1964 2760100010100010000.167.286.167.452
通算:7年 2534444153678192311026739118011017.188.224.265.489

背番号

  • 52(1958年 - 1960年)
  • 38(1961年 - 1963年)
  • 13(1964年)

脚注

  1. ↑ 「選抜高等学校野球大会60年史」毎日新聞社編 1989年

関連項目