永住寺
| 永住寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 愛知県新城市字裏野3 |
| 位置 | 北緯34度54分8.7秒 東経137度29分54.1秒 / 北緯34.902417度 東経137.498361度座標: 北緯34度54分8.7秒 東経137度29分54.1秒 / 北緯34.902417度 東経137.498361度 |
| 山号 | 延命山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 創建年 | 永正10年(1513年) |
| 開山 | 琴室契音禅師 |
| 文化財 | 本堂、開山堂及び位牌堂、庫裡及び書院、禅堂、衆寮、経蔵、鎮守殿、山門(登録有形文化財) |
永住寺(えいじゅうじ)は、愛知県新城市字裏野3にある曹洞宗の寺院。山号は延命山。本尊は釈迦如来。
近世の曹洞宗の中核寺院における伝統的な伽藍構成を有しているとされ、曹洞宗寺院に多い愛知県でも伽藍を一体的に残す寺院は貴重とされている[1]。本堂、開山堂及び位牌堂、庫裡及び書院、禅堂、衆寮、経蔵、鎮守殿、山門の8件が登録有形文化財。俳人の太田白雪の墓や句碑がある。
歴史
創建
永正5年(1508年)に大谷城を築いた菅沼定広は、永正10年(1513年)に南設楽郡上平井村(現・新城市上平井)に弟の鵬雲文翼和尚を迎えて寺を創建した[2]。開基は菅沼定広であり、鵬雲文翼和尚は大洞院泉龍院7世の琴室契音禅師を開山とした[2]。
法兄泰年全継大和尚が2世となり、鵬雲文翼和尚自身は3世となった[2]。菅沼定広の子である菅沼定継は今川氏の支配下にあり、永住寺は今川義元や今川氏真から証文が与えられている[2]。
再興後
天正2年(1574年)、作手亀山城主の奥平定能が新城村裏野の現在地に寺を再興した[2]。奥平貞能は母である空屋妙心大禅定尼の菩提を弔うために、同年に梵鐘を寄進している[2]。
慶長11年(1606年)に水野分長が新城城に入城すると、水野分長は永住寺の本堂を再建した[2]。寛永4年(1627年)には水野分長によって山門も建立され、さらに涅槃像、釈迦・文殊・普賢の三尊を寄進している[2]。水野分長とその子である水野元綱は、正保2年(1645年)に新城を去るまで永住寺を篤く信仰した[2]。
慶安元年(1648年)には旗本の菅沼定実が領主となり、幕末まで菅沼家の庇護にあった[2]。
12世大瑞本光の代、元禄10年(1697年)に本堂が再建され、宝永2年(1705年)に庫裏が建てられた[4]。13世寂光観中の代、享保7年(1722年)に禅堂が建てられた[4]。
文化財
市指定文化財
登録有形文化財


- 本堂
- 開山堂及び位牌堂
- 庫裡及び書院
- 禅堂
- 衆寮
- 経蔵
- 鎮守殿
- 山門
- 開山堂及び位牌堂
- 庫裡及び書院
- 禅堂
- 衆寮
- 経蔵
末寺
1956年(昭和31年)時点の末寺は以下のとおりである[4]。
- 桃牛寺(新城市的場)
- 祥雲寺(新城市片山)
- 張原寺(新城市上平井)
- 養命寺(新城市上平井)
- 清竜寺(新城市下平井)
- 福住寺(新城市宗高)
- 庚申寺(新城市橋向)
- 増円寺(群馬県)
- 高福寺(山形県)
- 竜洞寺(山形県)
- 高音寺(山形県)
- 久昌寺(山形県)
- 竜谷寺(山形県)
- 延命寺(山形県)
- 蓬来院(山形県)
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 “永住寺本堂ほか 6棟”. 新城市. 2024年12月11日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 東海日日新聞社 1992, pp. 129–130.
- 1 2 3 「国登録有形文化財に永住寺本堂など建造物群答申」『東愛知新聞』2019年7月20日。
- 1 2 3 新城町誌編集委員会 1956, pp. 277–281.
- 1 2 “市指定文化財(美術工芸品)”. 新城市. 2024年12月11日閲覧。
- ↑ “永住寺本堂”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- ↑ “永住寺開山堂及び位牌堂”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- ↑ “永住寺庫裡及び書院”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- 1 2 3 山碕 1978, p. [要ページ番号]
- ↑ “永住寺禅堂”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- ↑ “永住寺衆寮”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- ↑ “永住寺経蔵”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- 1 2 3 “永住寺鎮守殿”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
- 1 2 「国の登録有形文化財登録へ 新城の『永住寺』の山門と鎮守殿 文化審答申」『東日新聞』2022年11月19日。
- 1 2 3 4 “永住寺山門”. 文化遺産オンライン. 2024年12月11日閲覧。
参考文献
- 新城町誌編集委員会 編『新城町誌』新城町誌編集委員会、1956年8月。 NCID BN08779307。
- 『東三河の百ヶ寺』東海日日新聞社、1992年3月。 NCID BC01572846。
- 山碕良平『延命山永住寺史』永住寺、1978年11月。 NCID BN09264834。
外部リンク
- 永住寺本堂ほか 6棟 - 新城市
- 永住寺本堂 - 文化遺産オンライン(文化庁)
