沓県(とう-けん)は、漢国遼東郡に位置した県、清国盛京省に位置した関東州の前身である。
沓県は、三国時代に魏国により東沓県(とうとうけん)と改称された。
清『讀史方輿紀要』には、「沓県、在衛[1]東南」が記されている。
戰國末期,今大連地區屬燕國遼東郡。公元前221年秦統一六國後,置遼東郡,治所在襄平(今遼陽)。 漢武帝元封四年(公元前107年)在此地設置沓縣(とうけん),是大連境内最早的縣級建制。 公元239年,因遼東城亂,「以遼東沓縣吏民渡海居齊郡界,立新沓縣以居徙民」(新沓縣故地在今山東省淄川縣境内)。
漢武帝元封四年(公元前107年)在此地設置沓縣(とうけん),是大連境内最早的縣級建制。
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