浅田 彰(あさだ あきら、1957年3月23日 - )は、日本の批評家[1]、哲学者[2]。学位は経済学修士(京都大学・1981年)。京都芸術大学教授、同大学大学院学術研究センター所長[3]。

来歴

兵庫県神戸市出身。両親は産婦人科医。1979年京都大学経済学部卒業。1981年同大学院経済研究科博士課程中退。同大学人文科学研究所助手を経て、1989年より同経済研究所助教授。2008年より京都造形芸術大学大学院長、のち同大学院学術研究センター所長[4]。

『構造と力』

1983年、京都大学人文科学研究所助手時代に、構造主義とポスト構造主義の思想を一貫した見取り図のもとに再構成する『構造と力』を発表。思想書としては異例の15万部を超すベストセラーとなり[5]、同時期に『チベットのモーツァルト』を発表した中沢新一などとともに、いわゆる「ニュー・アカデミズム」の旗手として一般メディアを舞台に幅広い批評活動を開始した[6]。

当時の日本では、ロラン・バルトやフーコー、レヴィ=ストロースなどのフランス現代思想が盛んに紹介されていたが、思想家ごとの紹介にとどまることが多く、彼らを思想史全体に位置づける試みはほとんど行われていなかった[5]。そうした状況の中浅田が『構造と力』において、デリダの脱構築の哲学や、ドゥルーズとガタリが用いたラカン派精神分析の思想など様々な潮流を俯瞰し再構成してみせたため[7]、同書はフランス現代思想に対する「知の見取り図」として受容されることになった[8][5]。

『逃走論』

翌1984年には、一般誌などに寄稿したエッセイを集めた『逃走論』を発表。同書ではドゥルーズとガタリ、またマルクスなどの思想を従来のように正面から一点集中的に読み解こうとするだけではなく、多面的な視点を相互に移動しながらテクストに向き合う姿勢が必要だと説いた[9]。この対比を、浅田は特定の価値観や立場・見方に固執するパラノイア(偏執狂)型と物事に固執しないスキゾフレニア(統合失調症)型に二分したが[9]、これは「パラノからスキゾへ」というキャッチフレーズとして、当時の流行語となり[5]、第一回新語・流行語大賞において新語部門の銅賞に選ばれた[10]。

1984年から87年まで雑誌『GS』で活動したのち、90年代は柄谷行人とともに思想誌『批評空間』の編集委員[11]を務め、『季刊思潮』『InterCommunication』『Any』といった思想誌の編集にかかわっている。

『逃走論』 以後の批評活動

『逃走論』 以後の浅田の著作は、対談・短いエッセイなどの再構成が中心となり、叢書の編集や芸術祭・映画祭の監修など幅広い分野で活動を続けている[5]。浅田の師の一人である数学者の森毅は、浅田の本領は、一見無関係なものを関連づけ、全体の中に位置づけ直して新たな光を当てる広義の「編集」行為にあると指摘している[12]。また浅田の紹介・評価がきっかけとなって、多くの思想家やアーティストが注目を浴びることになった[13]。

2008年、京都大学経済研究所准教授を退職し、京都造形芸術大学大学院長に就任した。

2012年からウェブメディアのREALKYOTOで評論を発表していた。2020年末に同メディアは更新を停止し、ICA京都のサイト内ウェブマガジンREALKYOTO FOLUMに移行され、浅田はICA京都の所長に就任した。就任にあたって、「たんなるジャーナリスティックな情報でも、アカデミックな論考でもない、グローバルなアート・シーンの具体的現実にアクセスし、またそれについて深く考えたいと思っているすべての⼈に注⽬していただければ、そして積極的に参加していただければ幸いです」との文章を発表した[14]。

略歴

兼職

発言・エピソード

人物

経済学者として

天皇制について

そのほか

著作

共編著など

訳書

連載

関連文献

脚注

  1. ↑ あいちトリエンナーレ2019 対談:ホー・ツーニェン×浅田彰《旅館アポリア》をめぐって
  2. ↑ https://book.asahi.com/article/11612797
  3. ↑ “教員紹介|大学案内|京都造形芸術大学”. 京都造形芸術大学. 2019年10月4日閲覧。
  4. ↑
  5. 1 2 3 4 5 「浅田彰」(『日本大百科全書』小学館、2018)
  6. ↑ 「浅田彰」(上田正昭ほか監修『日本人名大辞典』講談社、2001)
  7. ↑ 浅田彰『構造と力―記号論を超えて』勁草書房、1983
  8. ↑ 安藤礼二「浅田彰 ─ 「知」への切断と介入」(『大航海』 (55), 102-105, 2005)
  9. 1 2 浅田彰『逃走論 ─ スキゾ・キッズの冒険』ちくま文庫、1986
  10. ↑ 「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン「第1回新語・流行語大賞」
  11. ↑ その総目次は浅田彰aabiblio @ ウィキ
  12. ↑ 森毅『世話噺数理巷談』平凡社、1985
  13. ↑ たとえばスラヴォイ・ジジェクは、『批評空間』で日本で初めて特集記事が組まれ、青山真治の映画『EUREKA』も浅田の評価がきっかけとなった。
  14. ↑ “DIRECTOR’S MESSAGE|STAFF|ABOUT|ICA京都”. ICA京都. 2022年3月11日閲覧。
  15. ↑ 吉本隆明『超「20世紀論」上』アスキー、2000年9月。ISBN 978-4756135698。199頁
  16. ↑ 吉本隆明『私の「戦争論」』ぶんか社、1999年8月。ISBN 978-4821106844。167頁
  17. ↑ 辻元清美『清美するで!! 新人類が船(ピースボート)を出す!』第三書館、1987年、147頁。
  18. ↑ 『文学界』1989年2月号
  19. ↑ この浅田の発言に対して、保守派の論客・谷沢永一は、言論の自由は存在するから本人がそう信じているのであればどうおっしゃろうと自由と断りを入れた上で、「税金で賄われている京都大学の月給で生きていくことはやめ、即刻京都大学助教授の職を辞して自分の二本の足で立って独り立ちして「土人」の世話にならず生きるべきだ」などと批判した。
  20. 1 2 “REALKYOTO – CULTURAL SERACH ENGINE » 昭和の終わり、平成の終わり”. 2019年9月2日閲覧。
  21. 1 2 松浦寿輝との対談(『表象』no.01, 2007)
  22. ↑ 『InterCommunication』no.58、2006年秋号「特集=コミュニケーションの現在・2006 五感へと遡行する多角的考察」 なども参照。
  23. ↑ 浅田彰「『山形道場』の迷妄に渇!」
  24. ↑ 中川重徳 (2018年5月12日). “府中青年の家裁判を振り返る――弁護団の立場から”. 中央大学. 2023年6月24日閲覧。
  25. ↑ 『朝日新聞』1991年6月5日付夕刊、文化、9面、「大学祭で同性愛差別の論議(取材ファイル)」。
  26. ↑ 展示中止問題については「あいちトリエンナーレ」内の記述を参照。
  27. ↑ 「週刊文春」編集部. “74%が反対「慰安婦少女像」の芸術祭展示問題アンケート結果発表”. 文春オンライン. 2019年10月1日閲覧。
  28. ↑ “昭和天皇の御真影を使った作品 津田大介氏の過去の発言に注目集まる”. ライブドアニュース. 2019年10月1日閲覧。
  29. ↑ “「天皇が燃えたりしてるんですか?」という質問に津田大介芸術監督が笑顔で反応する動画が拡散中 和田政宗議員もツイート (2019年8月7日)”. エキサイトニュース. 2019年10月1日閲覧。
  30. ↑ “「誰も傷つけない表現に意味ない」 浅田彰氏、複雑化する自主規制に警鐘 「不自由展」問題”. 毎日新聞. 2019年10月1日閲覧。
  31. ↑ ソトコト編集部 (2019年8月5日). “憂国呆談 season 2 volume 110 | sotokoto online(ソトコトオンライン)”. ソトコト. 2020年3月25日閲覧。
  32. ↑ 浅田彰/岡崎乾二郎 (2006). “「現在」を考える:こどもたちに語るモダン/ポストモダン”. 『InterCommunication』 no.58、2006年秋号.
  33. ↑ “「ダムタイプ|アクション+リフレクション」関連プログラム 浅田彰×坂本龍一×高谷史郎 スペシャルトーク(記録)”. 2022年6月22日閲覧。
  34. ↑ “アーカイブ”. 2022年6月22日閲覧。
  35. ↑ (日本語) メイプルソープ再考 Reconsider Mapplethorpe 2022年6月21日閲覧。

関連項目

外部リンク

そのほか

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