渡辺勘吉

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渡辺 勘吉(わたなべ かんきち、1910年(明治43年)1月2日[1] - 1988年(昭和63年)10月31日[2])は、日本の政治家。参議院議員(1期、日本社会党)。

経歴

岩手県出身。1950年小樽高等商業学校卒。岩手県産業組合連合会に入り、同県信連、同県中央会各参事、全国農業会企画部長、全国農協中央会農政部長などを歴任する[2]。1962年の参院選で日本社会党公認で岩手地方区から立候補し、現職の千田正らを破って当選する[3]。参議院議員は1期務め、1968年の参院選で落選した[3]。落選後の1971年の花巻市長選挙に無所属で立候補したが、現職の八重樫利康に敗れた[4]。1980年春の叙勲で勲三等旭日中綬章受章[5][6]。1988年10月31日死去、78歳。死没日をもって正五位に叙される[7]。

脚注

  1. ↑ 『岩手人名大鑑』517頁。
  2. 1 2 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』448頁。
  3. 1 2 『朝日選挙大観』571頁。
  4. ↑ 『岩手年鑑』昭和47年版、165頁。
  5. ↑ 「渡辺 勘吉」『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』。コトバンクより2023年2月26日閲覧。
  6. ↑ 『官報』号外第26号48頁 昭和55年5月6日号
  7. ↑ 『官報』第18517号9-10頁 昭和63年11月12日号

参考文献

  • 『岩手人名大鑑』岩手日報社、1986年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『朝日選挙大観』朝日新聞社、1997年。
  • 『岩手年鑑』昭和47年版、岩手日報社、1971年。