平野達男

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平野 達男
ひらの たつお
2012年5月31日(58歳)
生年月日 (1954-05-02) 1954年5月2日(70歳)[1]
出生地 日本の旗 日本・岩手県北上市[1]
出身校 東京大学農学部
アイオワ州立大学大学院
前職 国家公務員(農林省・農林水産省)
所属政党 (自由党→)
(民主党→)
(無所属[2]→)
自由民主党(二階派)
称号 修士(アイオワ州立大学)
公式サイト 参議院議員 平野たつお公式Webサイト

内閣 野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
野田第3次改造内閣
在任期間 2012年2月14日[3] - 2012年12月26日[4]

日本の旗 初代 復興大臣
内閣 野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
野田第3次改造内閣
在任期間 2012年2月10日[5] - 2012年12月26日[4]

内閣 菅直人第2次改造内閣
野田内閣
野田第1次改造内閣
在任期間 2011年7月5日[6] - 2012年2月10日[5]

選挙区 岩手県選挙区
当選回数 3回
在任期間 2001年7月30日 - 2019年7月28日
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平野 達男(ひらの たつお、1954年〈昭和29年〉5月2日[1] - )は、日本の政治家。

復興大臣(初代)・東日本大震災総括担当大臣(野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣・野田第3次改造内閣)、内閣府特命担当大臣(防災)兼東日本大震災復興対策担当大臣(菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣)、内閣府副大臣(国家戦略等担当)(菅第1次改造内閣・菅第2次改造内閣)、参議院農林水産委員長、同予算委員長、参議院議員(3期)、自由民主党農林水産災害対策委員会委員長などを歴任[1][7][8]。

来歴

岩手県北上市生まれ[9]。岩手県立水沢高等学校理数科、東京大学農学部農業工学科卒業。1977年農林省に入省。なお平野が入省した翌年、農林省は農林水産省に改編された。農水省では本省での勤務の他、直轄土地改良事務所での勤務も経験し、技官を務めた。また出生地である岩手県への出向も経験している。在職中、アイオワ州立大学大学院に留学し、修士号を取得。2001年に農水省を退官。

2001年、第19回参議院議員通常選挙に自由党公認で岩手県選挙区から出馬し、初当選。2003年の民由合併により、民主党に入党。

2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で民主党は議席を「177」から「113」に減らし、9月12日、党代表の岡田克也は引責辞任を表明[10]。岡田の辞任に伴う代表選挙(9月17日実施)では菅直人の推薦人に名を連ねた[11][12]。

2007年の第21回参議院議員通常選挙では同党公認で再選。

2010年、簗瀬進参議院予算委員長が第22回参議院議員通常選挙で落選したため、後任の参議院予算委員長に就任した。同年9月、菅直人第1次改造内閣で内閣府副大臣(国家戦略、地域主権、地域活性化、「新しい公共」、規制改革等の担当[13])に任命される(参議院予算委員長の後任は前田武志)。2011年1月発足の菅直人第2次改造内閣においても再任された。

内閣府特命大臣就任時に内閣総理大臣菅直人、内閣官房長官枝野幸男、後任の内閣府副大臣山口壯と

同年3月11日に発生した東日本大震災を受け、自身も被災した岩手県選出の国会議員であり、かつ内閣府副大臣の立場から震災対応にあたる。同年7月、「東日本大震災からの復興のための施策を政府一体となって推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当する国務大臣であった内閣府特命担当大臣(防災)の松本龍が、7月3日に被災地を訪れた際宮城県知事村井嘉浩、岩手県知事達増拓也らに対して不適切な発言を行い、辞任した(松本本人は「体調不良」を理由に辞意を表明)。後任には内閣官房副長官の仙谷由人や、被災地である宮城県選出の安住淳民主党国会対策委員長らの名前が挙がるも、仙谷、安住らが相次いで固辞したため、内閣府副大臣の平野が昇格する形で、松本の後任に任命された[14]。震災発生以降、宮中では節電に取り組んでおり、皇居宮殿の使用を極力減らす方針を取っていた[15] ため、平野の認証式は皇居宮殿ではなく御所で行われた[16][17]。なお平野の後任の内閣府副大臣には、山口壯が任命された。

野田内閣、野田第1次改造内閣においても防災相に再任[18]。

2012年2月10日、復興庁の設置に伴い、初代復興大臣に任命される。復興相就任に伴い防災相を退任。2月14日より「東日本大震災総括担当大臣」を兼務[19] し、野田第3次改造内閣まで務める。同年12月の第46回衆議院議員総選挙での民主党大敗を受けて野田佳彦首相は退陣し、平野も復興相を退任した。

民主党下野後も、2013年の第23回参議院議員通常選挙に民主党公認で出馬する意向を示していたが、同年3月30日、地元・岩手県で開かれた民主党岩手県総支部連合会における会合で、民主党を離党し無所属で参院選に出馬する意向を表明[20]。民主党に離党届を提出したが、民主党は平野の離党届を受理せず除籍(除名)する方針を固め[21][リンク切れ]、4月16日の民主党常任幹事会で平野の除籍が決定。4月23日、参議院の会派「民主党・新緑風会」からも離脱した[22]。第23回参議院議員通常選挙では、岩手県選挙区には平野を含む過去最多の6人が立候補し、古巣の民主党や自由民主党、小沢一郎が代表を務める生活の党も候補者を擁立したが、民主党の一部の地方議員からも支援を受けた平野が他の5候補を破り、3選[23]。同年7月24日、参議院会派「新党改革」に入会。平野の入会に伴い、同会派は名称を「新党改革・無所属の会」に改めた[24]。

2015年4月、同年に行われる岩手県知事選挙への立候補を表明。しかし同年8月、「県政ではなく国の安全保障法制の在り方が争点になり、政党間の争いになった。私の本意と大きくかけ離れた状況だ」と述べ出馬を撤回、断念した[25]。

2016年7月13日、自由民主党に入党届を提出した[26]。同年7月23日、自由民主党岩手県連常任総務会は、平野の入党を了承。これにより同党の参議院勢力は過半数の122議席に達した[27]。入党後、二階派に入会した。

2019年7月の第25回参議院議員通常選挙では自由民主党公認で出馬したが、野党統一候補で無所属新人の横澤高徳に敗れ、落選した[28]。

2021年10月の第49回衆議院議員総選挙では岩手県第3区から自由民主党公認で出馬した藤原崇の選対本部長を務め、藤原を小選挙区初当選に導いた[29]。

2022年7月の第26回参議院議員通常選挙においても、岩手県選挙区から自由民主党公認で出馬した広瀬めぐみの選対本部長を務め、広瀬を初当選に導いた[30][31]。

2024年12月21日に自民党岩手県連は第27回参議院議員通常選挙の岩手県選挙区の候補者として平野を擁立すると発表した[32]。

政策・主張

消費税増税

  • 2014年4月に予定されていた消費税の8%への引き上げについて「予定通りに引き上げるべき」と回答している[33]。
  • 2019年10月に予定されている消費税の10%への引き上げについて「法律に従い、引き上げるべきだ」と回答している[34]。
  • 消費税の10%への引き上げについて、内閣府副大臣時代に「財政を発散させないとの姿勢を、市場だけでなく、世界に向けて発信しなければ危ない。これくらいのことを決められないと、われわれの政治の意思が問われかねないとの危機感を持つ」と述べている[35]。

その他

人物

  • 国際総合武道教育連盟空手道牙城會館にて名誉顧問を務める[37][リンク切れ]。
  • 小沢一郎が党首を務めていた自由党出身ではあるが、民主党在籍時は玄葉光一郎が会長を務める「日本のグランド・デザイン」研究会に所属していた。2011年7月11日、党員資格停止処分を受けている小沢について「(震災の復興に)活用することが国難を乗り切る上でプラスと判断されるなら、党内事情は一時棚上げ、取り消しは当然あってしかるべきだ」と述べた[38][リンク切れ]。一方で菅第2次改造内閣の閣僚であった平野は、2011年民主党代表選挙では小沢の支持する海江田万里経済産業大臣ではなく、菅直人首相が支持する野田佳彦財務大臣を支持した[39]。
  • TPPについて、2011年7月14日のインタビューで「基本的には参加すべきだ」とした上で「国難の状況下で、TPPは国論を二分する。いまは復旧・復興に重点を置くのはやむをえないと思う」と述べた[40]。
  • 2011年10月18日に開かれた民主党参議院議員らの研修会にて、「ここの高さに逃げていれば大丈夫だと言ってみんなで20-30人そこで集まっててそこに津波が来てのみ込まれた方々もいます。逆に、私の高校の同級生みたいに逃げなかったバカな奴もいます。彼は亡くなりましたけれども。バカな奴って今言ってもしようがないんですけどね」と発言[41]。この発言に対し野党から被災者への配慮に欠けるとの指摘があり、同日夜の記者会見で「字面にすると、逃げなかった人はバカだみたいな報道になっているが、普段から防災教育を受けて逃げた例もある。なぜ逃げなかったのか。それも今回の重要な検証の課題であり次の震災にしっかり備えるということを言いたかったが、あの瞬間だけその同級生への個人的な思いが重なってああいう表現になった。不快な思いされたのなら本意ではないし、その表現の稚拙さをおわび申し上げたい。」と釈明した[42][43]。

所属団体・委員会・議員連盟

支援団体

他多数

年譜

選挙歴

当落選挙執行日年齢選挙区政党得票数得票率定数得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
当第19回参議院議員通常選挙2001年07月29日47岩手県選挙区自由党30万5008票41.89%11/5/
当第21回参議院議員通常選挙2007年07月29日53岩手県選挙区民主党43万7814票62.60%11/4/
当第23回参議院議員通常選挙2013年07月21日59岩手県選挙区無所属24万3368票39.71%11/6/
落第25回参議院議員通常選挙2019年07月21日65岩手県選挙区自由民主党27万2733票46.33%11/3/

脚注

  1. 1 2 3 4 “プロフィール”. 平野達男 公式Webサイト. 2023年9月19日閲覧。
  2. ↑ 民主党離党後は新党改革の会派に参加。
  3. ↑ 『官報 平成24年本紙第5740号8頁 人事異動 内閣』(プレスリリース)国立印刷局、2012年2月16日。
  4. 1 2 『官報 平成24年特別号外第35号 1頁 人事異動 内閣』(プレスリリース)国立印刷局、2012年12月26日。
  5. 1 2 『官報 平成24年本紙第5739号 9頁 人事異動 内閣』(プレスリリース)国立印刷局、2012年2月15日。
  6. ↑ 『官報 平成23年本紙第5592号 8頁 人事異動 内閣』(プレスリリース)国立印刷局、2011年7月7日。
  7. ↑ “国会議員情報 平野 達男(ひらの たつお)”. 時事ドットコム (時事通信社) 2023年9月20日閲覧。
  8. ↑ “菅内閣閣僚名簿 東日本大震災復興対策担当、内閣府特命担当大臣(防災)”. 首相官邸ホームページ. 内閣官房内閣広報室. 2023年9月20日閲覧。
  9. ↑ “プロフィール”. 平野達男(ひらのたつお)公式Webサイト |. 2024年12月12日閲覧。
  10. ↑ “岡田代表 辞任を表明 12日未明の会見で”. 民主党 (2005年9月12日). 2021年12月1日閲覧。
  11. ↑ “菅、前原両氏の一騎打ちに 民主代表選”. 朝日新聞. (2005年9月17日) 2021年12月1日閲覧。
  12. ↑ “2005年9月17日 民主党代表選挙 推薦人一覧”. 江田五月 - 新たな出発. 2021年11月27日閲覧。
  13. ↑ “第176回国会 内閣委員会 第1号(平成22年10月22日(金曜日))”. www.shugiin.go.jp. 2024年12月12日閲覧。
  14. ↑ 「人事異動」『官報』5592号、国立印刷局、2011年7月7日、8面。
  15. ↑ “皇居と御所、計画停電に合わせ電力使用取り止め : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)”. archive.md (2011年3月17日). 2024年12月12日閲覧。
  16. ↑ “皇居・御所で初めての認証式 節電に伴い場所を変更”. 日本経済新聞 (2011年7月6日). 2024年12月12日閲覧。
  17. ↑ “認証官任命式:平野復興相、山口副内閣相 節電対策、御所で - 毎日jp(毎日新聞)”. archive.md (2011年7月6日). 2024年12月12日閲覧。
  18. ↑ 「人事異動」『官報』号外特43号、国立印刷局、2011年9月2日、1面。
  19. ↑ “野田首相、平野氏を「震災総括担当」に任命 防災強化へ教訓まとめる - MSN産経ニュース”. archive.md (2012年7月23日). 2024年12月12日閲覧。
  20. ↑ “平野・前復興相、民主離党し無所属で参院選出馬 : 参院選 : 選挙 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)”. archive.md (2013年5月1日). 2024年12月12日閲覧。
  21. ↑ 民主党、平野前復興相を除籍処分の方針 日テレNEWS24 2013年4月2日
  22. ↑ 川崎、平野氏が民主会派離脱[リンク切れ] 時事通信 2013年4月23日閲覧
  23. ↑ “参院選・岩手 平野氏「小沢王国」に風穴 (産経新聞) - Yahoo!ニュース”. archive.md (2013年7月22日). 2024年12月12日閲覧。
  24. ↑ “平野氏、参院会派入り 新党改革・無所属の会に 岩手日報 2013年7月25日[リンク切れ]”. 岩手日報WebNews. 2024年12月12日閲覧。
  25. ↑ “平野元復興相、岩手知事選への出馬断念”. 2015年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月8日閲覧。
  26. ↑ “自民に平野元復興相が入党届 受理なら単独過半数”. 日本経済新聞 (2016年7月13日). 2024年12月12日閲覧。
  27. ↑ “参院、自民が単独過半数に 平野元復興相が入党へ”. 日本経済新聞 (2016年7月13日). 2024年12月12日閲覧。
  28. ↑ “<参院選岩手>横沢さん勝利「これが岩手の力だ」 平野さん落選、「転向」響く”. 河北新報. (2019年7月22日) 2019年7月24日閲覧。
  29. ↑ “挑んだ38歳、山深い町から「川上作戦」 連載・「小沢王国」の陰り”. 河北新報. (2021年11月3日) 2021年11月3日閲覧。
  30. ↑ “小沢氏勢力、巻き返しへ背水の陣 参院選岩手 達増知事前面「タブーなし」”. 河北新報. (2022年4月22日) 2022年4月22日閲覧。
  31. ↑ “岩手政界、いざ知事選へ 小沢氏影響力低下の中、達増氏の戦略は”. 河北新報. (2022年7月16日) 2022年7月18日閲覧。
  32. ↑ “自民、来夏の参院岩手選挙区に平野達男元復興相を擁立へ”. 産経新聞. (2024年12月21日) 2024年12月23日閲覧。
  33. 1 2 3 4 5 6 7 “2013 参院選 選挙区 岩手 平野 達男 - 開票速報 - 毎日jp(毎日新聞)”. 毎日jp. 2024年12月12日閲覧。
  34. ↑ “2019参院選 自民 岩手 平野達男”. 毎日新聞 (毎日新聞社) 2019年7月19日閲覧。
  35. ↑ “消費税増税めぐり激論=政府税調”. ロイターニュース (トムソン・ロイター). (2011年6月8日) 2019年6月15日閲覧。
  36. ↑ “朝日・東大谷口研究室共同調査”. 朝日新聞 (2019年). 2019年7月8日閲覧。
  37. ↑ “役員紹介|空手道牙城會館”. gajyokaikan.main.jp. 2024年12月12日閲覧。
  38. ↑ asahi.com 2011年7月11日
  39. ↑ 日本経済新聞 2011年9月3日朝刊
  40. ↑ Company, The Asahi Shimbun. “復興費総額など7月中に明示 復興相「交付金も創設」”. asahi.com. 2024年12月12日閲覧。
  41. ↑ “【平野復興相発言】平野氏の発言要旨 - MSN産経ニュース”. web.archive.org (2011年10月18日). 2024年12月12日閲覧。
  42. ↑ “【平野復興相発言】「個人の思いが入ってしまった。心からお詫びする」+(1/3ページ) - MSN産経ニュース”. web.archive.org (2011年10月18日). 2024年12月12日閲覧。
  43. ↑ “平野復興担当相亡くなった友思うあまり…”. nikkansports.com. 2024年12月12日閲覧。
  44. ↑ “自由民主党 役員表”. 自由民主党. 2019年7月28日閲覧。
  45. ↑ “役員・委員紹介”. 水制度改革議員連盟. 2019年7月28日閲覧。
  46. ↑ “2019年6月号”. 全国たばこ新聞 (全国たばこ販売協同組合連合会). (2019年5月27日) 2019年6月30日閲覧。
  47. ↑ “応援しています!”. 神道政治連盟. 2019年7月7日閲覧。
  48. ↑ “岩手知事選 平野氏不出馬 県政界に衝撃「残念」「選挙を冒涜」”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2015年8月8日) 2019年7月1日閲覧。
  49. ↑ 黒沢尻町を中心とした町村合併による北上市発足(1954年4月1日)から間もないころである。

外部リンク

公職
先代
創設
日本の旗 復興大臣
初代:2012年
次代
根本匠
先代
松本龍
日本の旗 内閣府特命担当大臣(防災)
第19・20代:2011年 - 2012年
次代
中川正春
先代
大島敦
平岡秀夫
大塚耕平
日本の旗 内閣府副大臣
東祥三
末松義規と共同

2010年 - 2011年
次代
東祥三
山口壯
末松義規
議会
先代
簗瀬進
日本の旗 参議院予算委員長
2010年
次代
前田武志
先代
郡司彰
日本の旗 参議院農林水産委員長
2009年
次代
小川敏夫