| 琢如 | |
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寛永2年7月2日 - 寛文11年4月14日 | |
| 幼名 | 茶々麿 |
| 法名 | 琢如 |
| 号 | 愚玄 |
| 院号 | 淳寧院 |
| 諱 | 光瑛 |
| 尊称 | 琢如上人 |
| 宗旨 | 浄土真宗 |
| 宗派 | (後の、東本願寺系諸派) |
| 廟 | 大谷祖廟 |
琢如(たくにょ)は、江戸時代初期の浄土真宗の僧。東本願寺第十四代法主[1] 。「琢」ではなく、「琢」の字を用いるのが正式の表記である。
年齢は、数え年。日付は、暦の正確性、著作との整合を保つ為、旧暦(宣明暦)表示(生歿年月日を除く)とした。また、「本願寺」が正式名称だが、「西本願寺」との区別の便宜上、「東本願寺」と表記した。
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