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田上 雄(たがみ ゆう、1943年5月30日[1] - )は日本の脚本家、日本脚本家連盟幹事[2]。北海道小樽市出身[1]。
高校生時代はアイスホッケーと学生運動に明け暮れていたという[1]。
中央大学法学部卒業[1]。大学卒業後、東映の採用試験で不合格となり、ぶらぶらしていた所で「昔ちょっと知り合いだったシナリオライター」だとして父親が橋渡し役となって紹介された脚本家の柴英三郎に師事することになる[1]。そして柴の自宅で初めて脚本というものを見たという[1]。そして本人は元々脚本家になりたかったわけではなかったという[1]。
2〜3本柴と共作した後、今度は一人で書いてみるように言われて1968年、『三匹の侍(第6シリーズ)』で単独脚本デビュー[1]。その後も主にテレビドラマの脚本で活動。
その後、シナリオ学校で講師を務める一方で、柴田恭兵や同じ脚本家の金子成人らと野球チームを組んで活動していたこともあった[1]。
([3])
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