田中 一村(たなか いっそん、1908年7月22日 - 1977年9月11日)は、日本画家である。栃木県栃木にて木彫家の父田中稲邨の長男として生まれ、東京市で育った、本名は田中孝。中央画壇とは一線を画し、1958年(昭和33年)千葉市での活動の後、50歳で奄美大島に単身移住。奄美の自然を愛し、亜熱帯の植物や鳥を鋭い観察と画力で力強くも繊細な花鳥画に描き、独特の世界を作り上げた[1]。


死去の直前、奄美在住だった友人の紹介で一村と会った写真家・田辺周一によると、田中は千葉にいた頃に写真を学んで造詣が深く、自ら撮影もしており、写実的な画風にも影響を与えていたとみられる。田辺は散逸しそうだった一村の遺品を預かり、現在まで保管。さらに2015年には、一村の写真集『海神の首飾り』(リーブル出版)を刊行した[5]。一村は、アンリ・ルソーからの影響が指摘されることもある。
没後にNHKの『日曜美術館』「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村」(1984年12月16日放映)や『南日本新聞』に連載された「アダンの画帖~田中一村伝」でその独特の画風が注目を集め、全国巡回展が開催され、一躍脚光を浴びる。南を目指したことから、「日本のゴーギャン」などと呼ばれることもある[3]。評伝や画集も複数が刊行されているほか、以下のように記念美術館が開館したり、各地の美術館で展示会が開かれたりするようになっている。
毎年9月11日の命日に「一村忌」が「一村終焉の家」で行われている。一村の絵『奄美の杜』は黒糖焼酎のラベルにもなっている。
現在確認されている作品数は下絵やスケッチを除いて約600点弱。そのうち160点余は田中一村記念美術館に所蔵され、寄託品も含めると450点を収蔵している。千葉市美術館も蒐集に努め、一村の支援者であった川村家から寄贈を受けるなどして所蔵作品が100点を超えるに至った[6]。
の図、ほか
田中一村の生涯を描く映画『アダン』が企画された。2006年5月20日公開。
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