百済王遠宝

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百済王遠宝
時代 飛鳥時代 - 奈良時代
生誕 不明
死没 天平6年3月11日(734年4月18日)
官位 従四位下・左衛士督
主君 持統天皇→文武天皇→元明天皇
氏族 百済王氏
父母 父:百済王昌成
兄弟 郎虞、南典、遠宝
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百済王 遠宝(くだらのこにきし えんぽう)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての貴族。贈外小紫・百済王昌成の子。官位は従四位下・左衛士督。

経歴

持統天皇5年(691年)祖父・百済王善光、兄の郎虞・南典ら一族と共に賑わしくする物を賜与された(この時の冠位は直大肆)[1]。

文武天皇4年(700年)常陸守、和銅元年(708年)左衛士督を歴任し、和銅6年(713年)従四位下に至る。天平6年(734年)3月11日卒去。最終官位は散位従四位下。

官歴

『六国史』による。

脚注

  1. ↑ 『日本書紀』持統5年正月7日条

参考文献