皇甫仁
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| 皇甫 仁 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 황보 인 |
| 漢字: | 皇甫 仁 |
| 発音: | ファンボ・イン |
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人物
科挙に及第後は、世宗に重用され、文宗が摂政として政務を代理すると、皇甫仁は右議政、左議政として国王を支えた。文宗が即位すると領議政に上り、明に派遣されて景泰帝の承認を得た。のちに文宗の遺命により金宗瑞らとともに端宗の輔弼を任された。しかし1453年には、王族の実力者首陽大君李瑈(のちの世祖)によって粛清された(癸酉靖難)。
参考文献
- 「アジア人物史 6」 集英社 2023年
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