真然(しんぜん、しんねん、生年不詳[1]- 寛平3年9月11日(891年10月17日))は、平安時代前期の真言宗の僧。中院僧正・後僧正とも称される。俗姓は佐伯氏。讃岐国多度郡の出身。空海の甥と伝えられている。空海の弟子となり、後に真雅から灌頂を受けた。空海の死後、荒廃しつつあった高野山(金剛峯寺)の復興・発展に尽力。伝承では亡くなる直前の空海から高野山の経営を託されたといわれる。

生涯

    8月、西山御願寺(仁和寺)金堂落慶供養の導師をつとめる。

弟子

補注

  1. ↑ 信頼性の高い史料に真然の生年を伝えるものはない。諸説のなかでは延暦23年(804年)が比較的有力とされるが、生年は不明とするのが妥当である。
  2. ↑ なお、この遭難について伝える『日本三代実録』貞観2年2月25日条の真済卒伝は「弟子真然」と記しており、真然は真済とも師弟関係にあったとみられる。『東寺長者補任』には「真雅僧正灌頂、真済受法」とある。
  3. ↑ 『三代実録』貞観16年12月29日条や興福寺本『僧綱補任』では律師だが、『三代実録』の元慶6年5月14日条、元慶7年10月7日条では権律師。

参考文献

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