| やいたし 矢板市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 関東地方 | ||||
| 都道府県 | 栃木県 | ||||
| 市町村コード | 09211-8 | ||||
| 法人番号 | 8000020092118 | ||||
| 面積 |
170.46km2 | ||||
| 総人口 |
29,608人 [編集] (推計人口、2024年9月1日) | ||||
| 人口密度 | 174人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 大田原市、那須塩原市、さくら市、塩谷郡塩谷町 | ||||
| 市の木 | ナツツバキ | ||||
| 市の花 | レンゲツツジ | ||||
| 他のシンボル |
市の鳥 : キジバト 市の日 : 11月1日 | ||||
| 矢板市役所 | |||||
| 市長 | 森島武芳 | ||||
| 所在地 |
〒329-2192 栃木県矢板市本町5番4号 北緯36度48分24秒 東経139度55分27秒 / 北緯36.80672度 東経139.92411度座標: 北緯36度48分24秒 東経139度55分27秒 / 北緯36.80672度 東経139.92411度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||

矢板市(やいたし)は、栃木県北部の市。栃木県庁塩谷庁舎が設置される等、行政上栃木県塩谷地区の中心となる市である。1958年(昭和33年)市制施行。
高原山(たかはらさん)の南麓に広がり、山岳地帯及び森林、里山に囲まれ、箒川、宮川、内川などの河川が北から南へ流れる。北部山岳・森林地帯は全国名水百選に選ばれた尚仁沢湧水の水源となっており水源の森百選に選定されている高原山水源の森や森林浴の森100選に選定されている栃木県民の森、八方自然休養林、八方ヶ原など豊かな自然の宝庫で環境教育、ハイキング向けに整備されている。「旅人大賞(LINE社観光スポット日本一)」や「雨の日に行きたい自然体感スポット2位(めざましテレビ)」に選出された「おしらじの滝」も有する。高原山は古くは山岳宗教の対象でもあった。中部は南北に小高い丘が連なる塩那丘陵の尾根に挟まれた宮川、中川、内川が流れる平地があり水田地帯が広がっている。南部は関東平野の北端ともいえる平地と小河川に刻まれた小高い丘の丘陵地からなり塩谷町から流れてくる荒川に接している。また中央部から丘陵をひとつ隔てた西部は箒川、江川流域に那須野が原に連なる平地が広がり水田地帯となっている。
東京より北へ約130km、県庁所在地宇都宮より北へ約30km、東北本線(宇都宮線)でそれぞれ2時間30分、30分の距離である。主な交通機関は市域を南北に通り、片岡地区は幅1000mの地域に、国道4号、東北本線(宇都宮線)、東北自動車道、東北新幹線が集中する。各交通機関はこの片岡で丘陵地帯に入り、関東平野から那須野が原へと移っていく。
| 矢板市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 矢板市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 矢板市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
矢板市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||

※ 一部矢板市ホームページより要約
かつては塩谷郡役所があり、古くは栗山村、藤原町(共に現在の日光市)、塩原町(現在の那須塩原市)、塩谷町など塩谷郡一円の木材、家畜の集積地として繁栄した。 現在は栃木県庁塩谷庁舎、塩谷広域行政組合、塩谷消防本部、国際医療福祉大学塩谷病院など塩谷地区の中心機関が置かれている。 1959年(昭和34年)頃まで東武鉄道矢板線が矢板駅-新高徳駅間を結んでいたが、自動車交通の発達とともに現在は廃線になっている。近年は東北本線(宇都宮線)、国道4号、東北自動車道矢板インターチェンジが集中する交通の要衝となっている。
「矢板」の地名の由来については、確定的なものはなく諸説ある。例えば、美田という意味の「八重田(やえた)」が転じたもの、あるいは、田畑を焼く「焼田(やきた)」が転じたものという説があるが、美田に関するような伝承はなく、焼田焼畑については、この地方のどこでも行われていたものなので、それを特別に地名にするような要素はほとんどない。また、土留めの板という意味の「矢板」が地名となったとも考えられるが、そのきっかけが全く不明であり、またそれを推測するのも難しく、これも根拠に乏しい。矢板市の市名となった矢板市大字矢板は、矢板氏の発祥の地でもあるが、地名が先ではなく、矢板氏という一族が支配したことで、その土地が矢板と呼ばれた可能性もあり、これも推測の域を出ない。
| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 大桶直一郎 | 1889年(明治22年)4月22日 | 1899年(明治32年)4月21日 | |
| 2 | 坂巻金一郎 | 1899年(明治32年)4月22日 | 1911年(明治44年)4月20日 | |
| 3 | 三堂地兼松 | 1911年(明治44年)4月20日 | 1915年(大正4年)4月19日 | |
| 4 | 小野崎吉一郎 | 1915年(大正4年)4月23日 | 1919年(大正8年)4月22日 | |
| 5 | 大沢寅平 | 1919年(大正8年)4月23日 | 1923年(大正12年)4月22日 | |
| 6 | 大桶由郎 | 1923年(大正12年)4月23日 | 1927年(昭和2年)4月22日 | |
| 7 | 八木沢要作 | 1927年(昭和2年)4月23日 | 1928年(昭和3年)6月25日 | |
| 8 | 矢板寛 | 1928年(昭和3年)9月20日 | 1930年(昭和5年)6月3日 | |
| 9 | 君島岩夫 | 1930年(昭和5年)7月3日 | 1934年(昭和9年)7月2日 | |
| 10 | 加藤都一郎 | 1934年(昭和9年)8月4日 | 1942年(昭和17年)8月3日 | |
| 11 | 高柳宰正 | 1942年(昭和17年)8月4日 | 1945年(昭和20年)10月31日 | |
| 12 | 福島郁 | 1945年(昭和20年)11月1日 | 1947年(昭和22年)4月4日 | |
| 13 | 高橋保平 | 1947年(昭和22年)4月5日 | 1954年(昭和29年)12月31日 |
| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 大島喜一郎 | 1955年(昭和30年)2月17日 | 1959年(昭和34年)2月16日 | 1958年11月1日から市長 |
| 2 | 高柳宰正 | 1959年(昭和34年)2月17日 | 1963年(昭和38年)2月16日 | |
| 3 | 山縣有信 | 1963年(昭和38年)2月17日 | 1974年(昭和49年)7月22日 | 在任中死去 |
| 4 | 大谷英一 | 1974年(昭和49年)9月8日 | 1982年(昭和57年)9月7日 | |
| 5 | 山口公久 | 1982年(昭和57年)9月8日 | 1988年(昭和63年)3月16日 | 汚職事件で辞職 |
| 6 | 大氣弘久 | 1988年(昭和63年)4月17日 | 1996年(平成8年)4月16日 | |
| 7 | 山口公久 | 1996年(平成8年)4月17日 | 2004年(平成16年)4月16日 | |
| 8 | 遠藤忠 | 2004年(平成16年)4月17日 | 2016年(平成28年)4月16日 | |
| 9 | 齋藤淳一郎 | 2016年(平成28年)4月17日 | 2024年(令和6年)4月16日 | |
| 10 | 森島武芳 | 2024年(令和6年)4月17日 |
定数:16[9]
| 選挙区 | 議員名 | 党派名 | 当選回数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 栃木県第3区(矢板市、大田原市、那須塩原市、那須烏山市、那須町、那珂川町) | 簗和生 | 自由民主党 | 3 | 選挙区 |
福島第一原子力発電所事故に伴い発生した廃棄物のうち放射性セシウム濃度が8千Bq/kg超の汚泥や焼却灰などは「指定廃棄物」として放射性物質汚染対処特措法に従い国の責任で処分することとされている。2012年(平成24年)4月18日、横光克彦環境副大臣が福田富一知事に栃木県内で発生した指定廃棄物の最終処分場建設の方針を示した[10]。同年7月19日、環境省による県内自治体を対象とした最終処分場の候補地選定についての説明会が行われた[11]。
同年9月3日、指定廃棄物の最終処分場の候補地に矢板市塩田の国有林が提示された[12]。環境省からの提示を受けて遠藤忠市長は「(市民感情を考えると)受け入れることはできない」と拒否することを表明した[12]。同月4日、地元自治会は最終処分場受け入れを拒否する方針を決定[13]。同月8日には矢板市議会が候補地の白紙撤回を求める意見書を全会一致で可決し国に送付し[14]、矢板市と隣接する塩谷町の町議会でも同月13日に、さくら市の市議会でも同月19日に同様の意見書を全会一致で可決し国に送付している[15][16]。翌10月12日には高根沢町の町議会でも同様の意見書を全会一致で可決しておりこれで塩谷郡市全ての市町議会が白紙撤回で一致することになる[17]。
一方、同月9日には地元住民が「指定廃棄物最終処分場設置反対同盟」を結成し、翌日には看板設置と署名活動に着手した[18]。同月13日には矢板市区長会が「候補地の白紙撤回を求める要望書」を国へ提出することと最終処分場建設に対する反対署名運動を行うことを決定した[19]。また、この日の区長会に出席した遠藤市長は「オール矢板で反対運動を起こし、阻止していかなければならない」と訴えた[19]。
同月14日には環境省による県内自治体を対象とする初の説明会が県庁で行われた[20]。説明会で環境省は最終処分場候補地を選定した経緯と安全性を説明したが、自治体側からは候補地と関谷断層との関係などについての質問が出た[20]。
同月24日には最終処分場建設に反対する「指定廃棄物最終処分場候補地の白紙撤回を求める矢板市民同盟会」が発足した[21]。矢板市内で24日夜に行われた設立会議には約60団体、約1500人が参加した[21]。
同年10月3日、市は最終処分場建設に反対する23,590人分の署名が集まったことを明らかにした[22]。同年9月1日時点での市の人口は34,970人で人口の約3分の2の署名が集まったことになる[22]。また、これとは別に独自に反対署名を集めていた指定廃棄物最終処分場設置反対塩田地区同盟は15,906人分の署名が集まったことを同月16日に明らかにしている[23]。約4万1500人分の反対署名は同月22日に環境省に提出された[24]。
同月10日、遠藤市長が茨城県高萩市の草間吉夫市長と矢板市役所で会談した[25]。高萩市は茨城県の指定廃棄物の最終処分場の候補地に選定されており、会談で候補地の白紙撤回に向けて連携することで合意した[25]。
同月16日、矢板市内で行われた市長会議でこの問題について「矢板市と同じ立場を共有するべきだ」などの意見が首長から出た[26]。同日には矢板市議会が候補地選定の白紙撤回への協力を求める要望書を福田富一知事に提出している[27]。また、同月18日には矢板市議会の正副議長が栃木県関係の国会議員に候補地選定の白紙撤回を求める要望書を提出している[28]。
同月18日、遠藤市長が記者会見で市役所内にプロジェクトチームを立ち上げ候補地選定の問題点の調査を開始したことを表明した[29]。
この問題に対する栃木県議会の各会派の対応については、とちぎ自民党は候補地選定の白紙撤回を求めないとしている[30]。民主党・無所属クラブは選定過程を問題視しているものの自民と同様に白紙撤回は求めていない[30]。みんなのクラブと公明党議員会は白紙撤回を求めている[30]。また、福田富一知事は自身は中立の立場で臨むことを表明している[31]。
また、栃木2区選出の福田昭夫衆議院議員は指定廃棄物を福島第一原子力発電所敷地内で一時保管すべきと主張している[32]。この主張に対して佐藤雄平福島県知事は福島・栃木両県の関係悪化の可能性を指摘しており、これを受けて福田富一知事は福田議員を批判している[32]。
なお、栃木県内の指定廃棄物の保管総量は2012年5月末時点で9107m3にもなっており、那須塩原市の3668.5m3、那須町の1445.2m3、大田原市の1231.8m3と北那須3市町はいずれも保管量が1000m3を超えている[33]。大田原市では基準超の焼却灰の保管量が限界に近付いたため2011年10月に剪定枝などの収集を停止する事態に陥っている[33]。
同年12月2日、矢板市民同盟会は候補地選定の白紙撤回を求める集会を市内で開き約8000人が参加した[34]。同年12月16日の第46回衆議院議員総選挙では与党民主党は大敗し自民党と公明党が政権を奪還した。
2013年2月25日、環境省は候補地選定をやり直す方針を表明した[35]。栃木県と茨城県のほか、候補地が決まっていなかった宮城県、群馬県、千葉県についても新たな方針で候補地を選定する[35]。環境省は候補地選定にあたって自治体との協議を重視するという[35]。
その後、市町村長会議を開催して選定の際の「ローカルルール」を決定した[36]。「ローカルルール」では国有地の他に県有地も候補対象とされた[37]。2014年1月、県はこれに基づき県有地22か所4814ヘクタールを対象として報告した[37]。
同年7月30日、環境省は指定廃棄物の最終処分場の候補地として塩谷町上寺島(寺島入)の国有地を提示した[36]。提示を受けて塩谷町の見形和久町長は明確に反対することを表明している[36]。
大きな産業としては、一時は花形であった関西系大手家電メーカーの工場があったが、海外移転の影響を受け生産が終了。空洞化している。また、市北部には、赤滝、小滝、寺山の各鉱泉宿が古くからある。近年は城の湯温泉センター、矢板温泉(館の川)、コリーナ矢板などの温泉も市内各所で掘削され、市民はもとより観光客にも憩いの場を提供している。矢板インターチェンジ近くには、流通大手の配送センターも立地する。
水田の圃場整備はほぼ終了し米作とともに、市北西部の長井地区などでは、寒冷な気候を利用したリンゴなどの果樹栽培が盛んである。県民の森近くの高原(たかはら)開拓では終戦後入植による酪農が行われている。
市街地はJR矢板駅や矢板市役所付近を中心とする矢板地区、JR片岡駅を中心とする片岡地区、旧泉村である泉地区の3つがあるが、他にも旧野崎村より編入された沢地区、市西部の幸岡地区、泉地区の長井、伊佐野、他にも市街地を形成する集落がある。
県都宇都宮まで電車で30分の通勤距離を生かして、片岡駅近くには栃木県住宅供給公社開発による大規模住宅団地つつじが丘ニュータウンがある。
郵便番号は「329-21xx」(矢板地区)、「329-15xx」(片岡地区)、「329-25xx」(泉地区)が該当する。集配局は市内全域が矢板郵便局の管轄となる。
市内全域が大田原MAの管轄となり、市外局番は「0287」。収容局は一部地域(後述)を除き以下の2ビルが該当し、市内局番は以下の通り。
下記地域は矢板市外の収容局が管轄となる。









那須疏水開削に功労のあった矢板武の旧宅。

母屋内は武の功績を紹介する展示室になっている。また、庭には樹齢180年を誇る見事な枝垂桜があり、毎年3月末から4月上旬にライトアップを行なっている。
東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)東京タワーからの電波直接受信による難視聴解消のため栃木県で最初に整備された中継局。(詳細)
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