たてばやしし ウィキデータを編集
館林市
館林市旗 館林市章
館林市旗 館林市章
1956年6月2日制定
国 日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 群馬県
市町村コード 10207-5
法人番号 7000020102075 ウィキデータを編集
面積 60.97km2
総人口 73,359人 [編集]
(推計人口、2025年2月1日)
人口密度 1,203人/km2
隣接自治体 邑楽郡邑楽町、千代田町、明和町、板倉町
栃木県:足利市、佐野市
市の木 クロマツ
市の花 ヤマツツジ
市の鳥
市の歌
カルガモ
館林市歌
館林市役所
市長 多田善洋
所在地 〒374-8501
群馬県館林市城町1番1号
北緯36度14分41秒 東経139度32分32秒 / 北緯36.24483度 東経139.54211度 / 36.24483; 139.54211座標: 北緯36度14分41秒 東経139度32分32秒 / 北緯36.24483度 東経139.54211度 / 36.24483; 139.54211
館林市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

館林市位置図

■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村

ウィキプロジェクト

館林市(たてばやしし)は、群馬県南東部にある市。昭和の大合併(1954年)に旧邑楽郡の1町7村が合併して市制施行。上毛かるたで「ツル舞う形」と喩えられた群馬県の「ツルの頭」に位置する。

関東大都市圏に属する[1]。また近隣の町などから労働人口流入があり、本市を中心とする館林都市圏を形成している。

概況

今から約2万年前に館林に最初に人々が住み始めた事が確認されている。中世になると赤井氏、長尾氏、由良氏などが館林を本拠地とし、最終的には1590年に徳川四天王の一人である榊原康政が関東以北への押さえとして館林城に入り城下町を整備した。江戸時代の第五代将軍徳川綱吉が城主だった時期(25万石)もある。近隣農村からの農産物の集積地であったことや水が豊富であったことから明治維新後に近代的設備の加工業が興り、いちはやく近代化が進んで栄えた[2]。

農業では米や麦のほか、キュウリ、トマト、ナス等の野菜の生産が盛んである[3]。特に小麦が多く取れたことから、うどんなど小麦粉に関する食文化が発展し、食品会社の工場も多く立地している[4]。

ツツジの名勝・つつじが岡公園や、全国的に有名な分福茶釜の物語で知られる茂林寺、日本遺産「里沼」などの観光地がある[4]。

群馬県の平成の大合併以前からあった市としては、唯一市町村合併を行わなかった市であるが、邑楽郡大泉町を除く邑楽郡4町との合併に向けた研究会を設置していた。七五三は、館林城主徳川徳松の健康回復を願って1681年に始まったものが全国に広がった。

地理

つつじが岡公園

東毛地域と呼ばれる群馬県の東部に位置し、市域の北部は渡良瀬川を隔てて栃木県佐野市及び足利市、東部は群馬県邑楽郡板倉町、南部は明和町及び千代田町に、西部は邑楽町に接する。

南北を渡良瀬川、利根川の2大河川に挟まれ、鶴生田川が市街地を東西に、市西部を多々良川、近藤川が南北に流れ、茂林寺川、新堀川、新谷田川、谷田川が市南部を貫流している。城沼、多々良沼、近藤沼、茂林寺沼などの沼が点在する低湿地帯と台地(大宮台地から切り離された館林台地、主に低台地)から成り立っている。

1986年(昭和61年)撮影の館林市中心部周辺の空中写真。市街地東方の湖は城沼である。
1986年撮影の5枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

人口

館林市の総人口は2005年(平成17年)に79,454人となったのをピークに減少傾向が続いている[3]。

2020年の令和2年国勢調査によると、館林市の人口は75,309人、総世帯数は31,643世帯である[5]。

外国人登録者数
中国556人
フィリピン313人
ブラジル299人
ペルー107人
韓国・朝鮮104人
バングラデシュ80人
タイ78人

(2007年7月1日現在)

館林市と全国の年齢別人口分布(2005年) 館林市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 館林市
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
館林市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 61,130人
1975年(昭和50年) 66,410人
1980年(昭和55年) 70,245人
1985年(昭和60年) 75,141人
1990年(平成2年) 76,221人
1995年(平成7年) 76,857人
2000年(平成12年) 79,371人
2005年(平成17年) 79,454人
2010年(平成22年) 78,608人
2015年(平成27年) 76,667人
2020年(令和2年) 75,309人
総務省統計局 国勢調査より

気候

冬から春先にかけて北風(からっ風、赤城おろし)が吹き、夏は雷が多く発生する。

また、他県境付近の市(埼玉県熊谷市、群馬県前橋市など)と同様、夏の時期には40°C近い猛暑に見舞われることがある。

これらの猛暑の発生は、発達した太平洋高気圧がもたらす温かい大気が、当市の北西にある赤城山方面から、熱風となって吹き降りるフェーン現象のためである。

2001年から市民一斉気温測定を行い、市内の気温分布を調査している。アメダスの記録と比べ、露場が広く、芝生である館林城跡地では0.0〜0.4°C低く、交通量の多い道路沿いでは2〜3°C高い。館林市中心部では1〜2°C高く、郊外の森林や水辺では市街地より3〜5°C低いことから、高温は市街地で発生することが分かった(ヒートアイランド現象)。市民は打ち水や緑のカーテンなどで気温を下げる活動を行っている。2008年6月に「暑さ対策本部」(本部長は市長)を設置し、市民、企業、行政が一体となって暑さ対策に取り組むことになった。

アメダス観測所は2018年6月11日まで館林消防署(美園町)敷地内にあった。土の上に防草シートを敷いて設置されている他、周辺の立地条件などから温度が上がりやすいのではないかとインターネット上で指摘され、挙句の果てに「ズル林」などとも揶揄されてきた[12]。そんな中、観測所が6月12日群馬県立館林高等学校(富士原町)敷地内に移転された。温度に関する指摘の声を認識していた気象庁は、既存設備撤去後の消防署内の跡地に簡易観測装置を設置、新旧観測場所の観測結果を7月2日から10月1日まで公開、比較できるようにしている[6]。

館林市(館林地域気象観測所)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 18.9
(66)
24.0
(75.2)
27.1
(80.8)
33.2
(91.8)
35.4
(95.7)
39.4
(102.9)
40.2
(104.4)
40.3
(104.5)
39.3
(102.7)
33.9
(93)
25.4
(77.7)
25.2
(77.4)
40.3
(104.5)
平均最高気温 °C (°F) 9.6
(49.3)
10.6
(51.1)
14.3
(57.7)
20.2
(68.4)
24.8
(76.6)
27.4
(81.3)
31.2
(88.2)
32.7
(90.9)
28.3
(82.9)
22.4
(72.3)
16.8
(62.2)
11.8
(53.2)
20.8
(69.4)
日平均気温 °C (°F) 4.0
(39.2)
4.9
(40.8)
8.5
(47.3)
14.0
(57.2)
18.9
(66)
22.4
(72.3)
26.1
(79)
27.3
(81.1)
23.4
(74.1)
17.6
(63.7)
11.5
(52.7)
6.2
(43.2)
15.4
(59.7)
平均最低気温 °C (°F) −0.7
(30.7)
0.1
(32.2)
3.4
(38.1)
8.6
(47.5)
14.0
(57.2)
18.5
(65.3)
22.4
(72.3)
23.5
(74.3)
19.8
(67.6)
13.7
(56.7)
6.9
(44.4)
1.5
(34.7)
11.0
(51.8)
最低気温記録 °C (°F) −8.8
(16.2)
−7.0
(19.4)
−4.7
(23.5)
−1.0
(30.2)
3.6
(38.5)
11.0
(51.8)
14.6
(58.3)
15.9
(60.6)
10.2
(50.4)
2.8
(37)
−2.0
(28.4)
−5.9
(21.4)
−8.8
(16.2)
降水量 mm (inch) 37.2
(1.465)
34.2
(1.346)
70.1
(2.76)
84.6
(3.331)
114.2
(4.496)
142.3
(5.602)
158.6
(6.244)
143.9
(5.665)
167.9
(6.61)
160.6
(6.323)
56.0
(2.205)
33.0
(1.299)
1,202.6
(47.346)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 3.8 4.4 8.3 8.9 10.3 12.1 12.6 9.6 11.8 9.7 6.0 3.8 101.2
平均月間日照時間 212.3 194.9 196.9 196.4 189.6 131.1 152.7 175.5 133.5 142.4 168.6 193.8 2,087.6
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1978年-現在)[13][14]

町丁名

地区分類は国勢調査における町丁字コードによる[15]。

館林地区

  • 本町1-4丁目
  • 千代田町
  • 富士見町
  • 栄町
  • 仲町
  • 西本町
  • 代官町
  • 台宿町
  • 広内町
  • 朝日町
  • 大手町
  • 城町
  • 尾曳町

郷谷地区

  • 加法師町
  • 当郷町
  • 若宮町
  • 瀬戸谷町
  • 坂下町
  • 東広内町
  • 細内町
  • 千塚町
  • 田谷町
  • 四ツ谷町

大島地区

  • 大島町

赤羽地区

  • 上赤生田町
  • 赤生田本町
  • 赤生田町
  • 羽附町
  • 花山町
  • 楠町
  • 羽附旭町

六郷地区

  • 新宿1-2丁目
  • 緑町1-2丁目
  • 松原1-3丁目
  • つつじ町
  • 美園町
  • 堀工町
  • 分福町
  • 南美園町
  • 近藤町
  • 青柳町
  • 苗木町
  • 諏訪町
  • 東美園町
  • 西美園町
  • 小桑原町
  • 富士原町

三野谷地区

  • 野辺町
  • 上三林町
  • 下三林町
  • 入ヶ谷町

多々良地区

  • 高根町
  • 新栄町
  • 松沼町
  • 木戸町
  • 日向町
  • 大街道1-3丁目
  • 西高根町
  • 成島町
  • 大谷町
  • 赤土町
  • 北成島町

渡瀬地区

  • 下早川田町
  • 上早川田町
  • 傍示塚町
  • 足次町
  • 岡野町
  • 大新田町

地名

館林の地名が出てくる古いものに15世紀の歴史を記した『鎌倉大草紙』があり、応永22年(1415年)11月の終わりの條に、上杉禅秀が館林を討って上野国の過半を従えたと出てくる[16][17]。その後表記は館林、立林の両方が見られ、読みもたてばやし、たちばやしの両方があったが、永禄以降に現在の言い方に定まったと思われる[16]。

歴史

館林城本丸跡
城沼
旧上毛モスリン事務所(館林市第二資料館内)
大日本職業別明細図館林町 昭和9年
旧館林市役所庁舎(現・館林市市民センター)
群馬県立館林美術館

行政

歴代市長

代氏名就任退任備考
1遠藤仁之輔1954年(昭和29年)5月15日1970年(昭和45年)5月14日
2岩上泰治1970年(昭和45年)5月15日1977年(昭和52年)11月14日
3山本達司1977年(昭和52年)12月25日1997年(平成9年)12月24日
4中島勝敬1997年(平成9年)12月25日2007年(平成19年)2月28日
5安樂岡一雄2007年(平成19年)4月22日2017年(平成29年)2月12日
6須藤和臣2017年(平成29年)4月2日2021年(令和3年)4月1日
7多田善洋2021年(令和3年)4月2日

立法

市議会

県議会

議員名会派名備考
須藤和臣自由民主党
松本隆志自由民主党

衆議院

選挙区議員名党派名当選回数備考
群馬県第3区(館林市、太田市、邑楽郡)笹川博義自由民主党5選挙区
長谷川嘉一立憲民主党2比例復活

警察・消防

経済

地元企業

本拠を置く企業

その他

商業施設

金融機関

など

特産品

姉妹都市・提携都市

館林市が交流を持つ都市は以下の通り[24]。

海外

1995年、それぞれ姉妹都市を探す館林市とマルーチー市が交渉を持ち、翌年提携[24]。2008年にマルーチー市は自治体合併によりサンシャインコースト市となった。市民団や中学生などの相互交流が行われている[24]。
2001年、中国駐日大使館参事官が館林を訪問したことを契機に各種相互訪問が始まる[25]。

国内

榊原康政公ゆかりの都市

豊田市・姫路市・上越市とは、1985年より榊原康政(館林城初代城主)に縁のある「榊原公ゆかり都市」として「四市市長懇談会」(「榊原サミット」)を開催する関係にある[24][26]。1996年5月29日には、災害時相互応援協定(「榊原公ゆかり都市災害時相互応援に関する協定」)を結んでいる[27]。

その他の交流都市

また、次の都市が館林市ウェブサイトでは交流都市に挙げられている[24]。交流名義は館林市ウェブサイトによる。

江戸時代幕末期、館林藩(秋元家)の領地の飛び地が天童市域にあった縁[24]。観光・物産での交流が行われている[24]。
1987年(昭和62年)以来、両市の少年サッカーチームが交流を持っていることから[24]。
「日本花いっぱい大会」など、花を通じた都市間交流が展開されている[24]。
災害時相互応援協定

「大規模災害時における相互応援に関する協定書」を、桐生市・太田市・みどり市(以上群馬県)、足利市・佐野市(以上栃木県)、志木市と行田市

(以下埼玉県)、昭島市・練馬区(以上東京都)、龍ケ崎市(茨城県)との間で締結している[29]。このほか、各種の災害時相互応援協定を近隣自治体や上述「榊原康政公ゆかり都市」などと結んでいる。

教育

大学・短期大学

廃校

高等学校

中学校

小学校

幼稚園

保育園

公立

私立

認定こども園

特別支援学校

学校教育以外の施設

交通

館林都市圏に広がる広域公共路線バス(市外で撮影)
市の中心的存在・館林駅前広場
駅前通り(通称:てんしゃば通り)。1986年に公募によって名づけられた。

主要都市までの距離

県境付近に位置するため、半径25km圏内に群馬県(太田市)、栃木県(佐野市、足利市、栃木市の一部)、茨城県(古河市)、埼玉県(羽生市、加須市、行田市、熊谷市、久喜市、鴻巣市)のそれぞれ4県の市がある。

鉄道

市の中心・館林駅は関東北部に広がる東武鉄道の鉄道路線網の核的存在の一つ。東京(北千住・浅草)方面と両毛地域3方面(太田・佐野・小泉)が分かれる。東京の浅草駅から館林駅までは特急列車「りょうもう」で約60分。大宮駅までは館林駅から久喜駅でJR宇都宮線に乗り換え約50分である。伊勢崎線の普通列車は館林駅を境に運行形態が異なっており、館林駅以北では全ての普通列車がワンマン運転を行うほか、系統も館林駅以南とは分断されているため、乗り換えが必要である[30]。

路線バス

コミュニティバス

コミュニティバス「広域公共路線バス (館林市外四町)」を館林市および邑楽郡邑楽町・千代田町・明和町・板倉町の1市4町で共同運営している。単に「路線バス」とも呼ばれ、系統名も多用される。路線は館林駅を中心に市内各地・周辺市町へ伸び、また一部の系統を除き館林厚生病院を発着する。

館林市の「広域公共路線バス」の特徴は「広域・独占・低運賃・簡単」である。これは極力民営バスにありがちなデメリット(運行の偏り・事業者毎の分断・高い運賃・系統などのわかりにくさ)を取り除いたためである。この背景にあるのは「路線バスが存在しない市」の経験である。

1970年代頃までは、東武鉄道(現:東武バス)を含めて民間3社が市内や周辺自治体への路線バスを運行していたが、モータリゼーションの進行に加えて比較的平坦な土地だったことから自転車が普及し[31]、路線バス利用者が減少したため、1980年頃から路線の廃止が進み、1986年12月31日限りで茨城県古河市・栃木県下都賀郡藤岡町(現・栃木市)を結ぶ2路線が廃止された[31]。これにより、当時日本に653あった市のなかで唯一「路線バスが存在しない市」となった[31]。

その後、高齢者へのタクシーチケット配布の時期を経て、1993年から地元事業者2社に委託する形で広域公共路線バスの運行を開始。完全自治体主導による全市的かつ都市圏内共同の路線バス再構築が行われた。「路線バスが存在しない市」を経験した経緯を踏まえて利用しやすい特徴を持たせたため、地域の足として維持しようという意識も高く利用が多い。

各路線の詳細については「広域公共路線バス (館林市外四町)」の記事を参照。

高速バス

日本中央バスが運行する高速バスが、館林市役所と同社の館林バスセンター(赤生田町·2017年3月閉鎖)に停車する。

道路

館林駅前通り線(愛称:花のまちクイーンズ通り)。愛称は2009年4月に62通の応募の中から決定された。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

茂林寺

著名な出身者

政治・経済

学術

文化・芸能

スポーツ

その他

館林市ゆかりの人

館林市に関連する作品

アニメ

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ↑ 館林市の観測史上最も低い最高気温は、1997年(平成9年)1月22日及び2023年(令和5年)1月25日に観測した0.6°Cである。

出典

  1. ↑ 総務省統計局 経済センサスと統計地図(大都市圏の売上高)【1.関東大都市圏】
  2. ↑ 『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』駒村吉重、講談社 (2011/5/12) p22
  3. 1 2 第2章 館林市の現状と都市づくりの課題 館林市 2024年9月28日閲覧
  4. 1 2 地域再生計画 館林市 2024年9月28日閲覧
  5. ↑ 《令和2年国勢調査》群馬県の人口と世帯【人口等基本集計結果(確報)】 群馬県総務部統計課 2024年9月28日閲覧
  6. 1 2 気象庁 | 館林観測所移設
  7. ↑ 2010年夏 猛暑日、真夏日等の日数のランキング。他に埼玉県熊谷市でも同じ日数の猛暑日を観測した。
  8. ↑ 2011年夏 猛暑日、真夏日等の日数のランキング
  9. ↑ 2012年夏 猛暑日、真夏日等の日数のランキング。他に埼玉県熊谷市、鳩山町、兵庫県豊岡市でも同じ日数の猛暑日を観測した。
  10. ↑ 2014年夏 猛暑日、真夏日等の日数のランキング
  11. ↑ 2015年夏 猛暑日、真夏日等の日数のランキング
  12. ↑ 「ズル林」の汚名返上なるか 群馬・館林アメダス移設へ:朝日新聞デジタル
  13. ↑ “平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2025年1月閲覧。
  14. ↑ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2025年1月閲覧。
  15. ↑ “国勢調査 / 平成22年国勢調査 / 小地域集計 10群馬県”. 2018年3月14日閲覧。
  16. 1 2 館林と立林およびその呼称について丸山瓦全、『館林郷土叢書. 第5輯』館林郷土史談館 編 (館林図書館, 1940)
  17. ↑ 鎌倉大草紙13 上杉禅秀の乱・その4鎌倉大草現代語訳、芝蘭堂
  18. ↑ 享保年間における館林騒動川島勘左衛門、『館林郷土叢書. 第4輯』館林郷土史談館 編 (館林図書館, 1940)
  19. ↑ “里沼(SATO-NUMA)-『祈り』『実り』『守り』の沼が磨き上げた館林の沼辺文化―」が令和元年度文化庁「日本遺産」に認定されました|館林市”. www.city.tatebayashi.gunma.jp. 2023年1月7日閲覧。
  20. ↑ “新館林市議18人決まる”. 2018年11月18日閲覧。
  21. ↑ “議員の紹介 勤続年数・年齢順 - 群馬県議会(令和5年4月30日現在)”. www.pref.gunma.jp. 群馬県. 2023年4月30日閲覧。
  22. ↑ “アゼリアモール”. アゼリアモール. 2018年8月25日閲覧。
  23. ↑ “アクロス館林”. 大和情報サービス. 2018年8月25日閲覧。
  24. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “館林市の交流都市”. 館林市. 2016年5月17日閲覧。
  25. 1 2 3 “姉妹(友好)提携情報”. 自治体国際化協会. 2016年5月17日閲覧。
  26. ↑ “都市間交流事業について”. 姫路市. 2016年5月17日閲覧。
  27. ↑ “榊原公ゆかり都市災害時相互応援に関する協定” (PDF). 姫路市. 2016年5月17日閲覧。
  28. ↑ “資料編” (PDF). 館林市. 2016年5月17日閲覧。p.322
  29. ↑ “資料編” (PDF). 館林市. 2016年5月17日閲覧。pp.321-322
  30. ↑ 『2020年6月6日(土) ダイヤ改正を実施! 東武スカイツリーライン・伊勢崎線・日光線・鬼怒川線など【一般列車に関するお知らせ】』(PDF)(プレスリリース)東武鉄道株式会社、2020年5月11日。2023年1月29日閲覧。
  31. 1 2 3 『鉄道ジャーナル』1987年4月号、通巻245号(第21巻第5号)、p.140。鉄道ジャーナル社。
  32. ↑ 谷村左右助勝武万延元年遣米使節団員名簿

関連項目

外部リンク

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