籠神社

拝殿
所在地 京都府宮津市字大垣430
位置 北緯35度34分58.13秒 東経135度11分48.01秒 / 北緯35.5828139度 東経135.1966694度 / 35.5828139; 135.1966694座標: 北緯35度34分58.13秒 東経135度11分48.01秒 / 北緯35.5828139度 東経135.1966694度 / 35.5828139; 135.1966694
主祭神 彦火明命
社格等 式内社(名神大)
丹後国一宮
旧国幣中社
別表神社
創建 不詳(有史以前)
本殿の様式 神明造
別名 元伊勢籠神社・内宮元宮・籠守大権現
札所等 神仏霊場巡拝の道第131番(京都第51番)
例祭 4月24日(葵祭)
地図
籠神社の位置(京都府内)
籠神社
籠神社
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境内遠景(傘松公園より)
左下に社殿、右上に天橋立。
一之鳥居

籠神社(このじんじゃ)は、京都府宮津市大垣にある神社。式内社(名神大社)、丹後国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。

元伊勢の一社で「元伊勢籠神社」とも称し、また「元伊勢根本宮」「内宮元宮」「籠守大権現」「籠宮大明神」とも称する。現在まで海部氏(あまべうじ)が宮司を世襲している。丹後国総社は不詳だが、当社が総社を兼ねたとする説がある。

2017年(平成29年)4月、文化庁により、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリー「日本遺産」の「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに認定された[1][2]。

祭神

祭神は次の5柱。

主祭神

相殿神

祭神については古くより諸説があり[3]、『丹後国式社證実考』では伊弉諾尊[注 1]、『神社明細帳』では天水分神としている。

歴史

創建

籠神社奥宮の真名井神社は外宮の旧鎮座地と伝える。

社伝によれば、現在伊勢神宮外宮に祀られている豊受大神は、元々は「真名井原」の地(現在の奥宮真名井神社)に鎮座したという。この地は「匏宮(よさのみや、与佐宮/吉佐宮/与謝宮)」と呼ばれたとし[4]、天照大神が4年間営んだ元伊勢の「吉佐宮」にあたるとしている[4]。そして白鳳11年(671年)彦火明命から26代目の海部伍佰道(いほじ)[注 2] が、祭神が籠に乗って雪の中に現れたという伝承に基づいて社名を「籠宮(このみや)」と改め、彦火火出見尊を祀ったという[4]。その後養老3年(719年)、真名井原から現在地に遷座し、27代海部愛志(えし)が主祭神を海部氏祖の彦火明命に改め、豊受・天照両神を相殿に祀り天水分神も合わせ祀ったと伝える[4]。

伊勢神宮外宮の祭神である豊受大神の旧鎮座地が丹後国分出前の丹波国であったという伝承は古く、その比定地には諸説がある[3]。延暦23年(804年)の『止由気宮儀式帳』では「比治乃真名井」から伊勢に移されたとし、『神道五部書』以来の伊勢神道では旧地を丹波国与佐宮としている[3]。『倭姫命世記』の元となったと推定される古代の文献『大同本記』には、垂仁天皇の御代に四道将軍の一人として丹波国に派遣された道主命の娘である八乎止女(やをとめ)が「比治乃真井」で「御饌都神」を奉斎したと伝える[5]。籠神社をその地にあてたものとしては、建武2年(1335年)の文書の「豊受太神宮之本宮籠大明神」という記載[6]、天和年間(1681年-1684年)の籠神社縁起秘伝の「当社籠大明神ハ即豊受大神也」とし「与謝宮ハ則是籠大明神也」とする記載がある[6]。

概史

国史での初見は嘉祥2年(849年)に「籠神」が従五位下に叙せられたという記事で、その後六国史での神階は元慶元年(877年)の従四位上まで昇進した。

延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では丹後国与謝郡に「篭神社(籠神社) 名神大 月次新嘗」として、名神大社に列するとともに朝廷の月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった旨が記載されている。籠神社の西方には丹後国分寺跡もあり、当地一帯が丹後国の中心地であったことがうかがわれる。

天橋立の右上に籠神社境内が描かれる。さらに右下には実際には遥か沖合にある冠島と沓島が描かれる。

中世の籠神社境内の様子は雪舟の「天橋立図」(国宝、京都国立博物館蔵)に描かれている[6]。また『丹後国田数帳』には籠神社の神領について、籠宮田46町210歩や朔弊料田12町等、計59町3段210歩が記載されている[6]。しかし近世には社領を失い、わずか8斗4升4合であった[3]。

明治に入り、1871年 (明治4年)には近代社格制度において国幣中社に列した。1945年には官幣大社への昇格が進められたが、第二次世界大戦の終戦により実現しなかった。戦後は神社本庁の別表神社となっている。

神階

神職

籠神社の神職(社家)は、古くより海部氏(あまべうじ)の一族が担っている。海部氏とは海人部を統括した伴造氏族で[7]、全国に分布が見られ、籠神社社家はそれらのうち「海部直」姓を称して丹後に拠点を持った一族である。

一族には、現存では日本最古の系図「海部氏系図」(国宝、平安時代の書写)が残されており、彦火明命を始祖(初代)として82代の現宮司までの名が伝えられている[8]。また海部氏一族が丹波国造を担ったとも伝えているが[注 3]、丹波国造について『先代旧事本紀』の「国造本紀」では尾張国造と同祖で建稲種命四世孫の大倉岐命を祖と記し、同書「天孫本紀」では饒速日尊(天火明命)六世孫の建田背命を祖と記すように[9]、天火明命を祖とする尾張氏系と彦火明命を祖とする当一族との関連性が見られる[注 4]。

境内

「上宮」の奥宮(真名井神社)に対して、本宮は「下宮」に位置づけられる[10]。本殿は、桁行三間、梁行二間の神明造で、檜皮葺。弘化2年(1845年)の再建で、京都府の有形文化財に指定されている[11]。なお、欄干の擬宝珠は赤、黄、緑に彩色された「五色の座玉」で、格式の高い神社を表すと伝えられる[12]。

神門前の左右に立つ凝灰岩製の石造狛犬は、安土桃山時代の作で国の重要文化財に指定されている[13]。なお、神社側では鎌倉時代の作と伝える[12]。阿形の狛犬の右前足は割れて鉄輪が嵌められているが、昔この狛犬が橋立に現れて悪さをしたので、天正年間(1573年-1592年)に岩見重太郎が斬ったことによると伝えられている[14]。

摂末社

奥宮(境外摂社)

真名井神社(京都府指定文化財)
磐座主座(奥)と磐座西座(手前)

「下宮」とする本宮に対して、奥宮の主座は「上宮」に位置づけられる。社殿は桁行一間、梁行二間の神明造で、檜皮葺。天保3年(1831年)の造営で、京都府の有形文化財に指定されている[16]。社殿裏に2つの磐座がある。

摂社

末社

いずれも境内社。

また、海の奥宮として冠島・沓島を神域とし、天火明命と市杵島姫命を祀る。傘松公園には冠島・沓島の遥拝所がある。

祭事

年間祭事

葵祭(例祭)

例祭は4月24日に行われ、「葵祭」と通称される。古くは4月2の午の日に行われており、『宮津府志』には大きな祭であった様子が記されている[6]。祭事では近隣の集落から笹ばやし、太刀振[17]、神楽が奉納される[6]。京都府の無形民俗文化財指定。

文化財

国宝

海部氏系図(国宝)本系図巻頭

重要文化財(国指定)

京都府指定文化財

その他

指定文化財以外の宝物[22]。

現地情報

所在地

交通アクセス

周辺

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ↑ 伊弉諾尊が天から通うための梯子が倒れ、天橋立になったという『丹後国風土記』逸文(釈日本紀所収)の伝承に基づく。
  2. ↑ 代数は彦火明命を初代とした『元伊勢籠神社御由緒略記』に基づくもので、「海部氏系図」では代数から1を減じた「○世」と記している。
  3. ↑ 丹後国は、和銅6年(713年)の分立まで丹波に含まれている。
  4. ↑ 『国造制の研究 -史料編・論考編-』(八木書店、2013年)p. 222では、丹波国造の氏姓を「丹波直・海部直」とし、「アメノホアカリ・尾張国造系」に分類する。

出典

  1. ↑ 文化庁. “日本遺産認定ストーリー一覧”. 「日本遺産(Japan Heritage)」について. 2020年11月11日閲覧。
  2. ↑ 文化庁. “300年を紡ぐ絹が織り成す丹後ちりめん回廊”. 日本遺産ポータルサイト. 2020年11月11日閲覧。
  3. 1 2 3 4 『日本の神々』籠神社項。
  4. 1 2 3 4 『元伊勢籠神社御由緒略記』p. 4。
  5. ↑ 御巫清直『豊受神霊由来或問』(『大神宮叢書 神宮神事考証 前編』所収)神宮司庁(1935)402頁
  6. 1 2 3 4 5 6 『京都府の地名』籠神社項。
  7. ↑ 『日本古代氏族人名辞典 普及版』(吉川弘文館、2010年)海部氏項。
  8. ↑ 『元伊勢籠神社御由緒略記』p. 8。
  9. ↑ 『日本古代氏族人名辞典 普及版』(吉川弘文館、2010年)丹波氏項。
  10. ↑ 『元伊勢籠神社御由緒略記』p. 1。
  11. 1 2 籠神社 本殿(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  12. 1 2 3 4 『元伊勢籠神社御由緒略記』p. 7。
  13. 1 2 3 国指定文化財データベース による。
  14. ↑ 『元伊勢籠神社御由緒略記』p. 15。
  15. ↑ 摂末社は『元伊勢籠神社御由緒略記』p. 2による。
  16. 1 2 籠神社 摂社真名井神社本殿(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  17. ↑ 平安時代から続く神事で、長く女人禁制とされてきた。少子高齢化で振り手を担える男性が減り、2014年から女性も振り手を務めるようになった。【ぷらすアルファ】「女人禁制」伝統に変化『毎日新聞』朝刊2018年4月14日(くらしナビ面)
  18. ↑ 文化庁『国指定文化財等データベース』ほか諸資料
  19. ↑ 籠神社文書(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  20. ↑ 籠神社経塚出土品(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  21. ↑ 籠神社の祭礼芸能(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  22. ↑ いずれも『元伊勢籠神社御由緒略記』・神社由緒書に基づき、文化財評価は 平成21年の籠神社の至宝展 出陳一覧(京都府教育委員会)を参照して記載。

参考文献

関連図書

関連項目

外部リンク

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