羽田皓

ウィキペディアから、無料の百科事典
羽田 皓
はだ あきら
生年月日 (1944-07-27) 1944年7月27日(80歳)
出生地 広島県福山市鞆町
出身校 青山学院大学法学部
前職 福山市助役
所属政党 無所属

当選回数 3回
在任期間 2004年9月5日 - 2016年9月4日
テンプレートを表示

羽田 皓(はだ あきら、1944年[1](昭和19年)7月27日[2] - )は、日本の政治家。第12代福山市長(3期)。

経歴

広島県福山市鞆町出身。青山学院大学法学部卒業。1968年、福山市職員になり、2001年に総務部長、2004年助役に就任[3]。

第11代市長三好章が4期目途中の2004年8月9日付で病気により辞職[注釈 1]。それに伴い行われた9月5日の市長選挙で鞆の浦埋立て架橋計画推進を訴えて当選。2003年に一旦凍結された埋立て架橋計画を市長就任後に推進した。広島県が2007年に鞆の浦埋め立て免許差し止め訴訟を提訴され、2009年に広島地方裁判所が免許差し止めを認める判決が出たが、福山市は計画を推進する立場を取り続けた。2016年2月15日、広島高等裁判所で開かれた控訴審口頭弁論で原告側住民が訴えを取り下げ、広島県は埋め立ての免許交付申請を取り下げる意向を示し、訴訟は終結した[4]。3月の定例市議会最終日に9月市長選挙不出馬の意向を表明[5]。9月市長選挙では羽田市政継承を訴えた枝廣直幹が当選した[6]。

2004年福山市長選挙

※当日有権者数:人 最終投票率:%(前回比:pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
羽田皓60無所属新86,026票55.59%推薦:民主、社会
大田浩右[注釈 2]65無所属新60,696票39.22%
寺田明充[注釈 3]53無所属新8,020票5.18%推薦:共産

2008年福山市長選挙[選 1]

※当日有権者数:371,499[選 2]人 最終投票率:29.34%(前回比:pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
羽田皓64無所属現71,014票65.74%推薦:自民、民主、公明
長竹千賀[注釈 4]41無所属新31,099票28.79%
小川順三[注釈 5]78無所属新5,906票5.47%

2012年福山市長選挙[選 3]

※当日有権者数:375,007[選 4]人 最終投票率:22.59%(前回比:-6.75pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
羽田皓68無所属現59,411票71.70%推薦:自民、民主、公明
大戸博史[注釈 6]61無所属新23,455票29.30%

福山駅前整備事業

2006年8月、福山駅前整備事業[7][8]に伴い福山市教育委員会が試掘していたところ福山城外堀の石垣の一部が見つかった[9]。2011年7月1日に福山駅南地下送迎場がオープンした[10]。2012年3月に福山駅前広場が完成した[11]。

脚注

注釈

  1. ↑ 三好前市長は8月14日に死去。
  2. ↑ (おおたこうすけ)医療法人祥和会脳神経センター大田記念病院理事長。
  3. ↑ (てらだあきみつ)日本共産党東部地区委員長。
  4. ↑ (ながたけちか)エフエムふくやまパーソナリティ、フリーアナウンサー。
  5. ↑ (おがわじゅんぞう)元福山市議会議員。
  6. ↑ (おおとひろし)作曲家、歌謡教室経営、県歌謡指導者協会長、福山市民オンブズマン会議代表、ふとん販売会社社長。

出典

選管発表開票結果

関連項目