臼田浩義

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うすだ ひろよし

臼田 浩義
生誕 1940年8月10日[1][2][3]
日本の旗 日本 東京都[1]
死没 (2019-12-26) 2019年12月26日(79歳没)[4]
出身校 明治学院大学文学部中退[1]
職業
肩書き
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臼田 浩義(うすだ ひろよし、1940年8月10日[1] - 2019年12月26日[4])は、日本の実業家、馬主。

経歴

株式会社J-リザーブ代表取締役社長[5]。イノテック株式会社専務、株式会社ポプラ社代表取締役会長[6]などを歴任した。2010年にポプラ社の会長を退いてからの動向については不明な点が多く、臼田の所有馬であるスペシャルウィークを管理していた白井寿昭は、スペシャルウィークが2018年4月に死亡した時にも連絡が取れなかったと話している[4]。

来歴

馬主活動

Owner Usuda Hiroyoshi
臼田の勝負服

日本中央競馬会(JRA)に登録する馬主として知られた。勝負服の柄は紫、白鋸歯形を使用し、冠名は特に用いなかった。

30歳前後の頃に勝川享昭[注 2]と銀座で知り合い、馬主に興味を持つ[15]。その後勝川が死去すると、その息子から「父の馬を引き取ってほしい」と頼まれ、馬主となった[15]。勝負服も勝川の使用していたものと同一のものを引き継いだ[15]。

ポプラ社の会長を退任した2010年以降より、リーチザクラウン、シンゲンといった重賞勝利馬をはじめ所有馬の一部を西山茂行、吉田千津らに譲渡した。

主な所有馬

GⅠ級競走優勝馬

グレード制重賞優勝馬

斜字は地方重賞。

地方重賞優勝馬

その他の所有馬

脚注

注釈

  1. ↑ 2004年3月にイノテック株式会社へ合併。
  2. ↑ 「ヒロ」冠名の馬主。
  3. ↑ 臼田が所有中は未勝利。現役中に花木照人から所有権移転され、のち吉田千津へ譲渡。花木所有時に新潟大賞典とエプソムカップを、吉田所有時にオールカマーを勝利した。

出典

  1. 1 2 3 4 『役員四季報』2013年版 東京カソード研究所
  2. 1 2 3 4 5 第55期定時株主総会招集ご通知[リンク切れ] (PDF) 東京カソード研究所(2008年6月3日)
  3. 1 2 3 4 「第57期 有価証券報告書」東京カソード研究所、2010年6月25日。
  4. 1 2 3 4 “スペシャルウィークのオーナー・臼田浩義氏が昨年末死去”. サンスポZBAT. サンケイスポーツ (2020年1月10日). 2020年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月16日閲覧。
  5. ↑ “会社概要”. J-リザーブ. 2008年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月23日閲覧。
  6. ↑ 第54期定時株主総会招集ご通知[リンク切れ] (PDF) 東京カソード研究所(2007年6月11日)
  7. ↑ 第15回定時株主総会招集ご通知(アーカイブ) (PDF) イノテック(2001年6月13日)
  8. ↑ 第15回定時株主総会決議ご通知(アーカイブ) (PDF) イノテック(2001年6月28日)
  9. ↑ 「ポプラ社社長に小沼氏」『全国書店新聞』2007年10月21日
  10. ↑ “ニュース(2008年7月31日)”. アノーバ・ソリューションズ. 2010年8月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月23日閲覧。
  11. ↑ “ポプラ社、新会長に臼田浩義氏”. 新文化オンライン. 新文化通信社 (2009年10月30日). 2023年2月23日閲覧。
  12. ↑ 「人事 ポプラ社」『全国書店新聞』2009年11月11日
  13. ↑ “ポプラホールディングス、グループ再編”. 新文化オンライン. 新文化通信社 (2010年4月1日). 2023年2月23日閲覧。
  14. ↑ 「ポプラ社社長に小沼氏」『全国書店新聞』2010年4月15日
  15. 1 2 3 『馬券ブレイク』、クレイヴ、2008年8月、43-47頁。
  16. ↑ “リーチザクラウン所有者変更”. サンケイスポーツ (2011年1月4日). 2011年1月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月23日閲覧。

参考文献

  • 『馬券ブレイク!』2008年8月号(クレイヴ)
    • 「小栗範恭のオーナーズルーム 第七回 ゲスト/臼田浩義氏」

外部リンク