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| 舟入橋 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 広島県広島市 |
| 交差物件 | 太田川水系旧太田川 |
| 座標 |
左岸:中区住吉町、右岸:中区吉島町 北緯34度22分47.89秒 東経132度26分42.51秒 / 北緯34.3799694度 東経132.4451417度座標: 北緯34度22分47.89秒 東経132度26分42.51秒 / 北緯34.3799694度 東経132.4451417度 |
| 構造諸元 | |
| 形式 | 7径間鋼箱桁橋 |
| 材料 | 上部工:鋼橋;下部工:RC構造;基礎工:? |
| 幅 | 18m |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
広島市道吉島観音線筋の橋として1970年(昭和45年)3月竣工。航路確保のため一部桁高が低くなっている。
上流に旧国道2号筋の住吉橋、下流に広島市道霞庚午線の吉島橋がある。
東詰南側に広島刑務所、さらに東へ道沿いに進み南大橋を渡ると広島赤十字・原爆病院へたどり着く。西には広島市立舟入高等学校があり、道沿いに進むと広島市道横川江波線(舟入通り)と広島電鉄江波線との交点となり、最寄の駅は舟入川口町停留場となる。さらに西に行くと南観音橋にたどり着く。
竣工前は上流の住吉橋まで番船が入り、瀬戸内海の離島へ物資を輸送していた。舟入地区には木材会社が集まり、水運を利用して木材が輸送された[1]。一方で舟入・江波と吉島を結ぶ橋はなく、住吉橋まで迂回する必要があったことから、地元住民が橋の建設運動を行い[2]、1966年9月から3億4500万円を投じて建設が進められた。橋は1970年3月に竣工し、関係者1000人を集めて開通式が行われた[3]。橋竣工後も1975年ごろまでは番船の行き来が続いた[4]。
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