茨田皇子

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茨田 皇子(まんだ の みこ、敏達天皇7年(579年) - 皇極天皇2年11月11日(643年12月30日))は、飛鳥時代の皇族。用明天皇の第六皇子。母は欽明天皇の皇女・皇后穴穂部間人皇女[1]。聖徳太子の同母弟。上宮王家襲撃事件で山背大兄王らとともに自害したとされる。

脚注

  1. ↑ 竹内理三、山田英雄、平野邦雄 編「茨田皇子」『日本古代人名辞典』 6巻、吉川弘文館、1973年1月20日、1635頁。ISBN 4-642-02006-3。