藤原実任

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藤原実任
時代 鎌倉時代
生誕 承元元年(1207年)または承元4年(1210年)
死没 建長5年(1253年)以降
官位 正三位、権中納言
主君 土御門天皇→順徳天皇→仲恭天皇→後堀河天皇→四条天皇→後嵯峨天皇→後深草天皇
氏族 藤原北家閑院流
父母 父:藤原公雅、母:忠萬法印の娘
兄弟 実任、実躬、実澄、実祐、女子[1]
妻 平盛連の娘
子 公名、女子
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藤原 実任(ふじわら の さねとう)は、鎌倉時代の公卿。正三位権中納言。父は正二位権大納言藤原公雅、母は忠萬法印の女。

経歴

以下、『公卿補任』と『尊卑分脈』の内容に従って記述する。

系譜

  • 父:藤原公雅(1181-1243)
  • 母:忠萬法印の娘
  • 妻:平盛連の娘
  • 生母不明の子女
    • 男子:公名
    • 女子

脚注

  1. ↑ 『尊卑分脈』中御門為方の項では為方の母は公雅の女とあり、為方の兄弟である為俊、経守は為方の同母弟とある。
  2. ↑ 陰明門院当年御給
  3. ↑ 陰明門院寛喜2年未給
  4. ↑ この時、47才または44才。また、『尊卑分脈』では弘長2年に出家とあるが、建長2年の間違いであろう。

参考文献