藤野勝

ウィキペディアから、無料の百科事典
藤野 勝
ふじの まさる
生年月日 (1947-03-15) 1947年3月15日
出生地 日本の旗 日本 東京都武蔵村山市
没年月日 (2021-02-03) 2021年2月3日(73歳没)
死没地 日本の旗 日本 東京都武蔵村山市
出身校 昭和第一学園高等学校
前職 地方公務員(武蔵村山市)
所属政党 無所属
親族 藤野一三(曽祖父)、元村山村長、元村山町長
当選回数 3回
在任期間 2010年5月30日 - 2021年2月3日
武蔵村山市議会議員
当選回数 1回
在任期間 2007年5月1日[1] - 2010年
テンプレートを表示

藤野 勝(ふじの まさる、1947年(昭和22年)3月15日[2] - 2021年(令和3年)2月3日)は、日本の政治家。東京都武蔵村山市長(3期)、武蔵村山市議会議員(1期)を務めた。

概要

東京都北多摩郡村山村(村山町を経て、現武蔵村山市)に生まれる。 1965年(昭和40年)3月、昭和第一学園高等学校卒業。同年4月、村山町役場(現武蔵村山市役所)に入庁[3][4]。

1970年(昭和45年)11月3日、村山町は市制施行し武蔵村山市となる。武蔵村山市役所において健康福祉部長、企画財政部長などを歴任した[4]。

2006年(平成18年)5月21日に行われた武蔵村山市長選挙に立候補するも落選。投票率は45.37%だった[5]。

2007年(平成19年)、武蔵村山市議会議員選挙に初当選。

2010年(平成22年)5月23日に行われた武蔵村山市長選挙に立候補し、日本共産党推薦の元武蔵村山市議会議員の清沢葉子を破り初当選した。投票率は33.6%だった。5月30日、武蔵村山市長就任[1]。

2014年(平成26年)5月25日に行われた武蔵村山市長選挙に立候補し、再選。投票率は32.33%だった[6]。

2018年(平成30年)5月27日に行われた武蔵村山市長選挙に立候補し、無投票で3選[7]。

2020年(令和2年)11月頃から体調を崩し、自宅療養しながら公務を続けていたが、2021年(令和3年)2月3日、がんのため武蔵村山市内の自宅で死去。73歳没[8][9]。

脚注

  1. 1 2 任期満了日(定数)一覧 | 東京都選挙管理委員会
  2. ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、151頁。
  3. ↑ 東京都市長会/多摩26市/武蔵村山市長
  4. 1 2 藤野勝・東京都武蔵村山市長:時事ドットコム
  5. ↑ 過去の選挙結果(2006年4月から6月まで)
  6. ↑ 武蔵村山市長選挙(2014年5月25日投票)候補者一覧|政治・選挙プラットフォーム【政治山】
  7. ↑ 武蔵村山市役所. “武蔵村山市長選挙”. 武蔵村山市 公式ホームページ. 2020年6月16日閲覧。
  8. ↑ “藤野勝氏死去(東京都武蔵村山市長)”. 時事ドットコム. 時事通信社. 2021年2月3日. 2021年2月3日閲覧.
  9. ↑ “藤野勝さん死去 武蔵村山市長”. 東京新聞. 2021年2月4日. 2021年3月12日閲覧.
公職
先代
荒井三男
東京都武蔵村山市長
2010年 - 2021年
次代
山﨑泰大