金 泰完(キム・テワン)
キウム・ヒーローズ 二軍打撃コーチ #182
2018年8月26日
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 ソウル特別市
生年月日 (1984-01-27) 1984年1月27日(40歳)
身長
体重
190 cm
98 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手、右翼手
プロ入り 2006年 2次ドラフト8巡目
初出場 2006年5月14日
最終出場 2018年7月18日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
国際大会
代表チーム 大韓民国の旗大韓民国

金 泰完(キム・テワン、朝鮮語:김태완、1984年1月27日 - )は、韓国出身の元プロ野球選手。

経歴

アマチュア時代

高校入学時は、三塁手だったが、長身のため一塁手へ転向。

高校在学中に新人ドラフトでハンファから2位で指名を受けるも成均館大学へ進学するため拒否。

韓華時代

4年後、再度ハンファから指名を受け入団。1年目の2006年はパンチ力のある打撃で注目されたが、攻守の要である金泰均がいたため僅か4試合の出場に止まる。

2007年は、オープン戦本塁打・打点ともトップで開幕一軍を果たすが、4月17日まで無安打で2軍へ降格。4月28日再度1軍に復帰したがまたしても安打を打てず、シーズンはこのように1軍と2軍を行き来する結果に。

2008年のシーズンは開幕直前に金泰均の負傷で開幕戦は4番一塁手で出場。金泰均の復帰以後には主に指名打者で出場する。124試合に出場するなど倍増した項目が多く、キャリアハイの成績を収める。

2010年、金泰均と李杋浩の日本進出で崔鎮涬(朝鮮語版)と共に打線の中軸になり3番ファーストとして起用されることに。李宅根が持つプロ野球最多出塁記録のタイ記録を、4月10日ロッテ戦(社稷野球場)で達成。4月18日、ネクセン戦で強襲打球を受け負傷退場し4月21日1軍登録を抹消された。5月11日1軍に再び登録される。6月以降SKワイバーンズを苦にし、6月8日に起亜タイガースから移籍した張盛好の加入により、指名打者として出場する起用方針へ変わる。

2010年アジア競技大会の野球代表として候補の一人になったが結局選出されず、シーズンオフから2年間の兵役に服することに。

2013年よりハンファに復帰。

2016年9月20日、ハンファより朴魯珉とともにウェーバー公示され退団した。

ネクセン時代

2017年よりネクセン・ヒーローズに所属した。

2018年に自由契約となり現役を引退した[1]。

引退後

2019年よりキウム・ヒーローズ(ネクセンから改称)のコーチに転身する。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
チ
|
ム
試

合
打

数
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
打

点
得

点
盗

塁
盗
塁
死
四

球
死

球
三

振
併
殺
打
失

策
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2006ハンファ442000300000100.500.500.5001.000
2007619423504121100922231.245.324.426.750
20081243831021602373440150117891.266.362.488.850
20091123601041722368621172118961.289.419.539.958
2010116370981301562627686139992.265.418.422.840
2011兵 役
2012
2013ハンファ932796413032324123377884.229.326.308.634
2014891864880739260024351101.258.350.414.764
20152246112003500221610.239.300.283.583
201624207110030031800.350.450.500.950
2017ネクセン46902850471409912421.311.380.500.880
20182966132015500522540.197.270.273.543
通算:11年720189850082380295256910293534915211.263.375.436.811

背番号

脚注

[脚注の使い方]
  1. ↑ 웨이버 공시 김태완, "다시 도전한다. 후회남지 않게..." - 스포츠조선

外部リンク

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