鎌田圭司
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 愛知県岡崎市 |
| 生年月日 | 1979年3月26日(45歳) |
| 身長 体重 |
162 cm 62 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 内野手 |
| プロ入り | 2004年 ドラフト10巡目 |
| 初出場 | 2005年5月28日 |
| 最終出場 | 2007年6月14日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
この表について
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来歴
プロ入り前
豊田大谷高を卒業後、名城大学に進学。大学の2学年上の先輩に蔵本英智がおり、後に中日でもチームメイトとなった。大学時代は1999年春季ベストナイン(遊撃手)に選出。卒業後は、トヨタ自動車に入社。
トヨタ自動車では、主に1番もしくは9番ショートとして活躍。2001年から2004年に都市対抗野球大会出場。2004年のドラフトで中日ドラゴンズから10巡目で指名されて入団。機敏な守備で走塁もあり、パンチ力もある内野の即戦力候補と評された。
プロ入り後
2005年は、5月28日の対ソフトバンク戦9回表に立浪和義の代走で初出場し、初盗塁を記録。
2006年は、4試合のみの出場だったが2006年の日本シリーズの有資格者にも選ばれた。
2007年は、主に代走として自身最多の6試合に出場するも、戦力外通告を受けた。通算で一度もヒットを打つことはなかった。現役続行を希望し、12球団合同トライアウトに参加。その後、千葉ロッテマリーンズの入団テストを受けるも、合格には至らず、現役を引退した。
引退後
引退後は愛知県岡崎市内で新聞販売店の店長となった[1]。2019年、学生野球資格を取得し、以後野球室内練習場「K³ Dream」で指導者として活動している[2]。また、東海中央ボーイズの守備総合コーチを務めている[3]。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | 中日 | 5 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2006 | 4 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2007 | 6 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 通算:3年 | 15 | 3 | 3 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 二塁 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2006 | 中日 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2007 | 5 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 通算 | 6 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | |
背番号
- 54 (2005年 - 2007年)
脚注
- ↑ 中日スポーツ・ドラ番記者 - 2011年2月15日配信[リンク切れ]
- ↑ “指導者プロフィール - 野球室内練習場 K³ Dream”. K³ Dream. 2023年9月11日閲覧。
- ↑ “スタッフ 東海中央ボーイズ”. 東海中央ボーイズ. 2024年7月24日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 鎌田圭司 - NPB.jp 日本野球機構